栄利さんの長女・千沙都さん(写真左)は現在高校2年生。写真は、2021年11月に全国中学選抜選手権で女子66㎏級を制したときのもの。叔母に続いて五輪金メダルが目標だ(写真提供/日本レスリング協会)
「もう一度頑張ってくるわ」
〈2008年1月、北京オリンピックを前にして中国・太原で開かれた女子レスリングワールドカップで吉田は敗れ、連勝記録が「119」で途絶えた。〉
泣いている沙保里を見て、どう声をかけるべきか、私たちは悩みました。沙保里は道場に来て、子供たちがきつい練習に泣きながら取り組んでいるのをただ見ていたんです。その様子を見て、ぼくらが声をかけるより、小さな子たちが頑張る姿を見るのがいちばんの励ましであり、癒しであり、次につながると思い、ただただ見守るようにしました。そうした状況が1週間ほど続いたでしょうか……沙保里はこう言いました。
「私のレスリング人生はここから始まったのよね。もう一度頑張ってくるわ」
失意にあった沙保里の目に再び生き生きとした輝きが見られるようになりました。トレーニングを再開させたことで、ぼくや家族もペースを取り戻し、北京オリンピックの金メダルにつながったと思います。
「レスリングにどっぷりはつかりたくない」
オリンピック3連覇を果たし、国民栄誉賞も受賞。沙保里がどんどん強くなっていく中で、私たち家族は逆に不安になりました。
「いつ引退するんだろう」「ボロボロになってから引退するのか」「それともいいときにスパッとやめるのか……」
沙保里が引退するまでは、レスリング人生をどう締めくくるのか、想像できず、漠然と怖くもあり、口に出せませんでした。
引退を決意したのは2019年1月。東京オリンピックの前のことでした。会見には家族として何か言わなくちゃいけないということで、父の遺影を持った母と私も出席しましたが、涙のない、いい会見でした。
沙保里は引退後、この道場にも時々顔を見せてくれますが、コーチはしてくれません。
「精神的に追い込まれるし、がっちり指導するのは難しい。応援はするし、アドバイスもするけど指導まではできない。レスリングにどっぷりはつかりたくない」と言うんです。全国から優秀な選手を集めた女子チームを結成したので、時間のあるときに、あの高速タックルを、彼女たちに見せてあげたいんですけどね。
取材・文/山下和恵
※女性セブン2023年7月6日号