効率よく、素早くスキルを身につけたい若者たち
2年前に勤め先の不動産会社を退職した30代後半男性のBさんは、自身の元の勤め先が今、若者の転職先として人気になっていることに、複雑な表情を浮かべる。
「私は、自衛隊上がりの上司から『なぜ大学を出ているのに家を売れないんだ』といびられ、毎日の朝礼で絞られて胃に穴が空いて辞めました。軍隊式の教育で数年前までは上司が部下に手を出すこともいとわない、“ガチブラック企業”といってもいい状況があったと思いますが、ここ数年、東大卒やMBAの取得者など超エリートがたくさん入社しています。
優秀な新人が泥臭い営業に駆け回るので業績も伸びています。トップダウンで無茶に思えるような高い営業利益率などの目標が掲げられるのでついていけずに辞める者も多いのですが、目標達成時の報奨金と達成感が大きいので、そこに惹かれるのだろうと思います」
コンプライアンスが重視されるようになり、パワハラにならないように指導方法に気を遣い、新人たちを定着させ、成長させていこうとする企業が増える一方で、反対に若手がスパルタ式の企業に惹かれる現象が起きているようだ。人事ジャーナリストの溝上憲文氏が解説する。
「いわゆるZ世代の若者たちは生まれた時から“失われた30年”の只中で、終身雇用をはじめとした旧来の雇用制度への不安があり、効率良く素早くスキルを身につけたいと考える傾向があります。業績等が安定していても、成長や昇給を望めない企業を嫌がる若者たちは少なくないのです。
特に旧帝大クラスを卒業した優秀な若者にそういった特徴が色濃く見られ、彼らの“官僚離れ”もよく話題に上がります。東大法学部卒の人たちがかつては典型的なエリートコースだった霞が関官僚の道を選ばず、外資系のコンサルティングファームを目指す傾向が強くなっている。いつまでも雑巾掛けをやらされる官僚より、早いうちにスキルを身につけられて高給取りとなるチャンスのある外資系企業を選ぶということでしょう。
ただし、なかには昇給もスキルも身につかず法令遵守の意識が低い本当のブラック企業もあります。若い人たちは入社した企業をゆるブラック企業と決めつけてすぐに辞める前に、社内の人材育成方法を見直すよう求めてみるなど、慎重に判断していってほしいですね」
ゆるブラック企業にも問題はあるかもしれないが、それを忌避するあまり本当のブラック企業に入ってしまっては、状況は改善するどころか悪化するということだ。(了)