名指しされた食品、医薬品、教育、医療業界
どこの国でもそうだろうが健康は人々の最大の関心事であり、人々の医療サービス充実に対する願望は強い。しかし、中国の医療サービスの質は低く、しかも“看病難、看病貴(医療サービスが不足していて受けるのが難しく、しかもその費用が高い)”といった問題が長年にわたり、改善されないままとなっている。社会の必要性といった観点からすれば、今回の不正腐敗粛清は正しい政策なのだろう。
ただ、景気の状況を考えれば、タイミングが悪い。刑法の改正では食品、医薬品、教育、医療などの領域を具体的に名指ししており、医薬品、医療に限らず、今後、これらに関連する産業全体で贈収賄の取り締まりが強化されるだろう。そうなれば、関連産業に属する企業の売上は大なり小なり影響を受けることになる。贈収賄により膨らんでいた売上、利益が目減りするだけでなく、営業活動が萎縮してしまい、産業全体で不振に陥る可能性がある。
不正汚職撲滅を進める業界がある一方で、レジャー・旅行、レストランから新エネルギー自動車、家電に至るまで、幅広い領域で消費刺激策が実施されており、全体の景気、消費がどうなるのかはその効果との兼ね合いとなるだろうが、少なくとも景気対策で膨らんだ景気回復期待は水を差されることになっただろう。
そもそも景気の回復力が弱いのは、不動産業界に対する厳しいバブル抑制政策の後遺症によるところが大きい。これについても、庶民の関心が非常に高い住宅市場に関するひずみを正すことが最大の目的であり、正しい政策なのだろうが、やりすぎた感がある。
ここ数年の間に粛清されたその他の産業、たとえば、IT、教育などにおいても、経営が混乱し、業界全体で下押し圧力がかかったことも思い起こされる。
国家体制の違いから、日米欧諸国と比べて中国は、経済支配力、特に金融セクターに対する支配力が格段に強い。景気減速が経済システムや社会全体に与える影響は、日米欧よりも小さく、経済、社会の“靭性”は強い。だから、物価対策、雇用対策を含め、短期的な経済対策の重要性はそれほど大きくなく、それよりも長期的な経済社会の質の改善の方が重要だということなのかもしれない。
しかし、世界第2位の経済大国、輸入大国である中国の景気回復の遅れは、世界経済に大きな影響を与える。その点を考えると、新たな不正腐敗の粛清は気がかりな政策と捉える向きは少なくないかもしれない。
文■田代尚機(たしろ・なおき):1958年生まれ。大和総研で北京駐在アナリストとして活躍後、内藤証券中国部長に。現在は中国株ビジネスのコンサルティングなどを行うフリーランスとして活動。ブログ「中国株なら俺に聞け!!」も発信中。