いろいろあったけど主人は幸せだった
「いま思うと、お互いよく持ちこたえたなと思います」
千鶴子さんは60年以上の結婚生活を振り返り、感慨深そうにそう言い切った。
「ただ、やはり、平穏無事ではなかったですよね。生きていればいろいろなことが起こります。意図したものでないことが。ただそれを正面から受け入れてきただけかもしれません。私だけでなく誰もが同じく経験していることじゃないでしょうか。
だけど、いろいろあったけれど、それでもきっと主人は幸せだったと思います。あれだけ本が好きだった青年がここまで長いこと作家として、ずっとやってこられたのですから。 だから私に残された使命は、彼が大切に思っていた作品を少しでも大勢のかたに読んでいただくことなんだと思うんです。といっても私自身も、全部読んでいるわけではないんですよ(苦笑)。何せ数が膨大ですから。主人が生前、『老後の楽しみに取っておけ』なんて言っていたけれど、それが現実のものになってしまいました」
周囲の反対を押し切って結婚したふたりは、互いを支えに社会や歴史にその本質を問いかけ、うつや認知症という病と闘った。その62年の年月は、夫婦の心の在り方を証明するものとなったのだろう。
(了。前編から読む)
※女性セブン2023年10月12・19日号