日本の年金にも任意加入していて、月の支出は計約20万円。先日、一時帰国した際には父親に車をプレゼントしたという。オーストラリアでは今年の7月に最低賃金が時給23.23豪ドル(約2200円)に上がった。東京都の最低賃金の約2倍にあたり、円安の追い風もあって外貨で稼ぐ恩恵は大きかった。
最初は「季節労働」でうまくいかなかった
しょなるさんはもともと日本のバネ工場で働いていたが、2019年に29歳でワーキングホリデーの制度を使ってオーストラリアに渡った。はじめは1年で帰国するつもりだったというが、コロナ禍で身動きが取れなくなり、ビザを延長しているうちにオーストラリア生活は今年で4年になる。日本では8年間働いて100万円も貯金できなかったが、オーストラリアでは工場の軽作業バイトでこれだけの稼ぎになる。
「29歳の時にこれ以上日本にいても生活は変わらないと考え、ワーキングホリデーの申し込み年齢の上限が30歳でもあったので思い切って挑戦しました。大きな野望や夢があったわけでもないし、英語だって渡豪当時は中学生程度のレベルでした。それでも今は日本にいるよりもよっぽど稼げています。僕よりもっと稼いでいる人はたくさんいますし、海外に挑戦する価値はあると思いますよ」
渡豪したばかりのしょなるさんはまず、ネット情報などをもとにチェリーピッキング(さくらんぼの収穫)に挑戦。木になっている実をひたすら摘む仕事で、SNSには「月に100万円も稼げた」といった日本人ユーザーの書き込みもあったという。
「ところが実際にはそうでもなくて、月額40万円程度の稼ぎでした。もっと悲惨だったのはイチゴの収穫ですね。月に10万円くらいしか稼げませんでした」(しょなるさん)