いにしえより「ご不浄」と呼ばれ、清潔に保つことが美徳とされてきた日本のトイレ。“清掃員の日々”が世界中で喝采を浴びているいま、日本人にとってのトイレ掃除とその精神性について、改めて考察する。
ある公共トイレ内で濃紺の作業着に身を包んだ男性が、雑巾を片手に便器の前にしゃがみ込み、便座を丁寧に拭いていく。手鏡で便器の縁や裏側の汚れをチェックし入念に拭き上げると、最後は洗面台の鏡もしっかり磨き上げて、次なる公共トイレへと向かう。一日の仕事が終わったら、銭湯の湯船につかって、いつもの店で一杯──。
これは昨年末から日本で公開されている、初老のトイレ清掃員の日常を描いた映画『PERFECT DAYS』のワンシーンだ。
壁崩壊前のベルリンを舞台にした『ベルリン・天使の詩』(1987年)など数々の名作を生み出したドイツの巨匠、ヴィム・ヴェンダース監督がメガホンを取った同作は、昨年のカンヌ国際映画祭で主演の役所広司(68才)が最優秀男優賞を受賞し、3月に開催される米アカデミー賞でも国際長編映画賞部門にノミネートされている。世界からの大きな反響を肌で感じたと語るのは、映画ライターのよしひろまさみちさんだ。
「私が『PERFECT DAYS』を見たトロント映画祭では、観客は誰ひとり途中で席を立つことがなく、また最後には拍手の音が聞こえてきました。通常、メディア関係者向けのプレス上映では拍手は起こらないし、序盤で“面白くない”と判断して退席する人も少なくない。“自分には日本の魂がある”と明言し、私たち以上に日本文化を理解しているヴェンダース監督が、小津安二郎作品を彷彿とさせる伝統的な日本映画の手法で丁寧に撮ったことが、高い評価を得た理由ではないでしょうか」(よしひろさん)