「医師多数地域」ほど医師が増える“不都合な数字”
政府は地域偏在が本質的な原因であることは理解しており、定員増を図るだけでなく医学部に「地域枠」を設けてきた。さらに、厚労省は医師偏在指標を基に医師確保が必要な区域を設定し、目標医師数や医師確保に向けた施策を定める医師確保計画の作成を都道府県に求めてきた。
地域枠合格者は地元定着率が約9割と高く、「医師少数県」における若手医師の割合の伸びは「多数県」よりも顕著だ。一定の成果があったことは間違いない。
しかしながら、医師の養成数を増やすという手法には限界があることも分かった。人口10万人あたりの若手医師数で見ると、とりわけ病院の勤務医においては多数県より少数県が低い傾向にある。
さらに不都合な数字は、2022年に厚労省が示した2016年と2020年の医師偏在指数の比較データだ。都道府県単位、二次医療圏単位のいずれも最大値と最小値の差がさらに開いていたのである(二次医療圏とは、一般的な入院治療が完結するように設定した区域。通常は複数の市区町村で構成される)。二次医療圏においては医師多数地域でより医師が多くなり、少数地域で少なくなっていた。
医学部の入学定員を減らさなければならないのは、医師が飽和状態を迎えることだけが理由ではない。
そもそも出生数の減少スピードを考えると、現行の入学定員数を維持することは難しい。18歳人口に占める医学部進学者は1970年が約436人に1人、2024年は約116人に1人だったが、2050年には約85人に1人となるのだ。18歳人口の全員が大学に進学するわけではないので、分母を大学入試の受験生として計算し直せば、割合はさらに大きくなる。
18歳人口が減るのに、合格しやすい環境をこのまま放置すれば、求める学力水準の受験生を集めきれない大学が増えよう。医学部に合格できたとしても中退となったり、国家試験に合格できなかったりしたのでは意味がない。
医師数が増えると医療費も伸びる
医学部の定員削減が急がれる理由はもう1つある。医師数が増えるにつれて医療費も伸びるとの研究結果があるのだ。
医師数が過剰になるということは、単純化して考えると医師1人当たりの医業収入が減るということである。医療機関にすれば収入の落ち込みを少しでもカバーするために患者1人当たりの医療費を高くしようとの意識が働きやすい。患者よりも専門知識を多く有する情報の非対称性を利用して、必要性の低い治療や検査が行われやすくなるというのである。医師自身が医療需要を喚起する供給者誘発需要だ。
医療費の増加要因としては、高齢化や病床数の多さなどが挙げられることが多いが、医師過剰によって生じるこうした「無駄な医療」のほうが影響として大きいと分析されている。
人口減少が進行するにつれて税収が落ち込んでいくことを考えれば、医療費の伸びの抑制は不可避であり、こうした指摘を無視するわけにはいかない。こうしたこともあり、厚労省は2026年度以降の医学部定員の見直しに向けた検討を始めている。
これに対して、東北地方をはじめ医師不足に悩む地域の知事などには反対意見が強い。他方、「医師多数県」にも同調する声がある。医師は県庁所在地などに集中しがちで、同一県内において偏在が見られるためだ。