“私にいちばん効く言葉”を振りかける天才だった
それにしても、彼氏でもない男になぜ私はここまで深入りしたか。思えば彼は、“私にいちばん効く言葉”を振りかける天才だったのよ。それが彼の人との交際法だったんだわね。時に励まし、時に叱り。たまにほろっとさせることを言う。私とは男女の関係ではないから肌の喜びはないけれど、その分、脳の急所を喜ばせるの。そんなことで?と思うかもしれないけど、これがなかなか手強いのよ。
昨今のネット詐欺もそう。「素敵な名前ですね。美しいあなたの姿が見えるようです」などと歯の浮くような言葉を画面越しにかけられて反応する人がいるのか。でも、それがいるのよ。YもSNSの詐欺師も、その手法こそ違えど、騙される側の心理は一緒。
たとえば私だって、Yの口から出る言葉は疑っている。でも人間、嘘だけでは生きられない、と思いたい。嘘のようで一部は本当かも。いま風の言葉で言えば「本当寄りの嘘」かしら、と。そんな心理が、バランスの悪いところに置かれたやじろべえみたいに、絶えず揺れ動いている。この不安定さが、現実の何かから目を逸らしたい人間には、いい感じの現実逃避になるんだよね。
それだけじゃない。詐欺師とつきあうと、「目を覚ませ」と言うマトモな人とも戦わなくちゃならなくなる。その前に「嘘だ」と心のどこかで言っている真っ当な自分もねじ伏せなければならない。落ち着いてものを考えられない。ぬるいお風呂に入っているみたいでね。水温がジワジワと下がっているとそこから抜け出せなくなる。そして気づいたときは自分の力だけではどうにもならなくなっているの。
えっ? 「保証人として100万円の束をいくつか積み上げて裁判所に持ってこい」と言われた私はどうしたかって? それはもう、大変な修羅場だったような気がするけど、あれから20年。忘れました。ハイ、それはもう本当に忘れましたッ!
【プロフィール】
「オバ記者」こと野原広子/1957年、茨城県生まれ。空中ブランコ、富士登山など、体験取材を得意とする。
※女性セブン2024年11月7日号