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島崎晋「投資の日本史」

織田信長が「鉄砲の量産化」で実現した“戦場のイノベーション” 最大の貿易港と主要な鉄砲生産地を掌握、火薬と弾丸を安定的に調達するリスクマネジメントも【投資の日本史】

 同じことは消耗品である火薬と弾丸についても当てはまる。戦国時代の火薬と弾丸に対して現代科学のメスを入れたのは、分析科学を専門とする元別府大学教授の平尾良光(帝京大学客員教授)だ。

 まず2010年には中世史を専門とする飯沼賢司との共同執筆した論文「大航海時代における東アジア世界と日本の鉛流通の意義−鉛同位体比をもちいた分析科学と歴史学のコラボレーション−」(別府大学文化財研究所ほか編『キリシタン大名の考古学』所収。思文閣出版)において、16世紀後半から17世紀前半にかけ、大量の鉛が東南アジア(タイ)から日本に、同じく硝石が中国から流入したことを明らかにした。

 2012年3月にまとめた報告書「鉛同位体比法を用いた東アジア世界における金属の流通に関する歴史的研究」は2014年刊行の『大航海時代の日本と金属交易』(思文閣出版)に収められたが、その中で平尾は長篠合戦古戦場跡で確認された鉄砲玉に関する分析結果をもとに、〈信長は外国産の鉛と火薬を偶然ではなく、意図して導入していたことを示唆する。(中略)反面、武田側では鉛を生産できたとしても、火薬の入手がかなり困難だったのではないだろうか〉との推測を披歴している。

 長篠合戦時に織田軍の使用した火薬と弾丸が良質な外国産であったのに対し、武田軍の弾丸は国産鉛からなるものが多く、織田軍が火薬と弾丸の質量両面で圧倒的に有利にあったことが、鉄砲玉の分析からも明らかとなった。

織田・徳川連合軍は鉄砲を用いた戦術で武田軍を圧倒した(東京国立博物館所蔵「長篠合戦図屏風(模本)」 出典:ColBase https://colbase.nich.go.jp)

織田・徳川連合軍は鉄砲を用いた戦術で武田軍を圧倒した(東京国立博物館所蔵「長篠合戦図屏風(模本)」 出典:ColBase https://colbase.nich.go.jp)

 平尾の研究成果が発表されてから、長篠合戦について語る際、鉄砲の数ではなく弾薬の数、物量の差について言及しないわけにはいかなくなった。

 戦国武田氏研究の第一人者として知られる歴史学者の平山優もその著作『武田三代 信虎・信玄・勝頼の史実に迫る』(PHP新書)に中で、〈恐らく、長篠合戦で、武田軍は、織田軍鉄炮衆に銃数だけでなく、豊富に用意された玉薬に圧倒され、まったく途切れることのない弾幕にさらされ、敗退したのだろう。逆に、武田軍鉄炮衆は、早い段階で、弾切れとなり、沈黙を余儀なくされたとみられる〉と述べ、長篠合戦は〈新戦法対旧戦法〉の衝突ではなく、〈物量の差という側面こそを重視すべき〉と結論している(引用文中の「鉄炮」は当時の表記。以下同)。

弾薬の原料「鉛と硝石」はイエズス会を保護して安定調達

 最大の貿易港と主要な鉄砲生産地を掌握したことで、他の戦国大名に対する信長の有利ははっきりとしたが、鉛と硝石の輸入が途絶えれば元も子もなくなる。日本への寄港を許されている南蛮船はポルトガル船だけで、必ず同乗しているイエズス会宣教師が営業の役割を果たし、戦国大名たちの目にはキリスト教の布教と貿易はセットと映っていた。

 そのため九州の戦国大名には入信してキリシタン大名になる者も出る。信長自身は入信こそしなかったが、布教のために命がけの航海を重ね、各人が幅広い教養を持つ宣教師に対して敬意を抱いていた。京都在住や京都での教会建設を許可しただけでなく、自身の直轄地でも布教活動をすることを許した。

 ポルトガルとの貿易を円滑に進め、鉄砲(火薬と弾丸)の原料を安定的に調達するリスクマネジメントには、イエズス会を保護するのが得策と判断したわけだが、それだけが目的ではなさそうだ。比叡山延暦寺や一向一揆に頭を悩ましていた信長にすれば、キリスト教に対する優遇措置は寺社勢力への当てつけ、もしくは寺社勢力の力を削ぐのに有効と考えていた可能性がある。

 それでは、信長による南蛮文化の受け入れが、貿易を円滑に進めるためのパフォーマンスだったかといえば、そうとも言いきれない。信長が南蛮菓子のコンフェイト(金平糖)を大いに気に入り、何度も取り寄せたこと、西洋のマントを愛用したことは事実なので、嗜好に合うものに関して全面的に受け入れていた。

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