交渉の場で「それは捏造だ」――橋本氏の戦い方とは
橋本氏以前の歴代社長10人のうち9人が東大卒という超エリート集団。今井敬氏や三村明夫氏ら日本の戦後を代表する経済人を輩出してきた日鉄において、一橋大学卒の橋本氏、弘前大学医学部から東大法学部に転じた森高弘副会長が主導するUSスチール事業は、これまでの日本の経営に一石を投じる野心的なチャレンジだった。
上司にも直言する性格が災いして左遷された経験も持つ橋本氏は、傍流とみられていた海外部門で実績を上げて社長に抜擢された。豪腕の真骨頂は2014年、ブラジルの鉄鋼大手ウジミナスの経営再建をめぐる実績だ。
共同運営する南米企業テルニウムとの主導権争いのなか、交渉に備えて相手を厳しく非難する英単語を手帳に書き留めて臨み、交渉を成功させている。
筆者が昨年11月末にインタビューした際、橋本氏に当時のことを質問すると、橋本氏は、「恥ずかしながら、そういう言葉を使わざるを得ない局面だった」と述べた。
「相手側が私の発言を捻じ曲げて“こう言った”と述べた時、“それは捏造だ”と言わざるをえない。中南米の会社は文化も違うし、向こうは必ず弁護士もついてくる。日本で普通に鉄を売り買いする時には使わないような強い言葉をしょっちゅう使わざるをえなかったから、勉強したのです」
奇しくも今回の相手の一人は南米出身の一筋縄ではいかない経営者だ。大統領を相手にする訴訟に勝算が大きいとは言い難い。正論で突き進んだ買収工作に課題はなかったかなど、検証すべき点はあるだろうが、もともとブロック化が進行する世界情勢を先取りしリスクをとったチャレンジなのだ。訴訟という“延長戦”に万が一勝てるならば、トランプ新政権下でCFIUSの再審査が行われる。そこで再び交渉が始まる可能性もある。
リスクをとってチャレンジしなくても会社が倒産せずに済んだデフレ時代は過ぎた。小さくとも冷静にチャンスを見出して挑む橋本氏の日鉄のような企業があちこちで生まれなければ、日本に未来はない。「無理筋だった」と醒めた目で眺めている場合ではないのだ。
■取材・文/広野真嗣(ノンフィクション作家)
* * *
現在、「マネーポストWEB」では、昨年12月に公開した橋本会長のインタビュー記事4本を全文掲載している。『【独占インタビュー】日本製鉄・橋本英二会長「USスチールの買収チャレンジは日鉄の社会的使命」、社内の賛否両論を押し切った決断の経緯』などで、海外に打って出て成長にチャレンジする必要性が語られている。