名物であるウイスキーの「前割り」
お酒はいつ飲んでもいいものだが、昼から飲むお酒にはまた格別の味わいがある――。ライター・作家の大竹聡氏が、昼飲みの魅力と醍醐味を綴る連載コラム「昼酒御免!」。今回は忙しく行き交う人混みを抜け、銀座で午後2時からのカクテルタイムと洒落込んだ。【連載第8回】
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酒場の営業時間もいろいろだ。北九州市には、朝から酒を飲ませてくれる酒屋がたくさんある。酒屋で飲むこのスタイルを角打ちというが、そう教わったのは、かれこれ20年近く前のことだ。昼酒御免と啖呵を切った以上、いずれはこの連載でもお訪ねしたいと思っている。
角打ちに出会う6、7年前。今から数えると四半世紀以上前に、私はオーセンティックバーなるものに足を踏み入れた。年齢で言うと35歳くらい。それまではもっぱら、やきとり屋や居酒屋、バーと言ってもボトルキープができるような店に足繁く通っていたのだが、サントリーがバーに配る雑誌を創った頃に書き手の一人に加えてもらったことで、数々の名店に取材する機会をいただいたのだ。そのときまで、私はバーの何たるかをまるで知らなかった。
銀座の名店の多くは午後5時には開店していたような記憶がある。オーセンティックバーはカクテルのほかウイスキーやブランデーなど、度数の高い酒を楽しむ場だから、午後5時というのはちょっと早いのではないかと、最初は思った。
そこで、ベテランバーテンダーのひとりに訊いてみると、食前酒をバーで飲む人がいるから午後5時には開けるということだった。たとえば仕事を終えて5時半ごろ銀座に着く。バーに入り、2杯くらい食前酒を飲む。それから待ち合わせの席へ向かい、食事をし、その後、食後の酒を楽しむためにまたバーへ戻る。そんな、上手なバーの使い方をされるお客さんが、銀座には多いんだよ……。
恰好のいい飲み方だなと思った。食前にはさっぱりした酒を1、2杯。食事の間はワインか日本酒などを飲み、食後は、一服しながら濃い酒をちびりちびりと味わう。なんとも恰好のいい飲み方だ。そういう洒落た客のために55時には開ける老舗もまた、実にシブいものだと思った。
前置きが長くなったが、バーの営業開始時刻の話をしている。かつて5時でも早いと思っていた開店時刻が、昨今ではさらに早くなっている。コロナ禍の時短要請への対応も引き金になったのだが、コロナ明けも午後4時開店、中には午後3時開店という店も増えてきた。
銀座の「Bar たか坂」にいたっては、なんと2時開店である。
バックバーを眺めているだけでも心が躍る
私のようにいつでも飲みたい人にはなんとも好都合な店である。昼食の後とか、近所で時間が空いたときなどに、昔は喫茶店でコーヒーを飲み、タバコを吸うのが好きだった。しかし昨今、そういう落ち着いて過ごせる喫茶店がない。あるのはカフェであり、そこは禁煙である。私は、ゲンナリしてしまうのだ。
一方で、2時に開く「たか坂」のようなバーを素通りする手はない。しかもこの店のマスターの高坂壮一さんは、銀座の老舗「三笠会館」の地下にある「5517」というバーで長年腕を磨いた人だ。知識、技量、接客、雰囲気作り、どれをとっても豊かな経験に物を言わせる。客からしたら、とにかく安心して寛げる空間を、午後2時に用意していてくれる人なのだ。