たしかにグローバル化によって外国人とコミュニケーションする機会は増えましたが、コンピュータの翻訳技術もどんどん向上しています。最近は、ちょっとした仕事上のメールのやり取りなら「グーグル翻訳」で事足りるようになりました。音声の翻訳も含めて、その精度は短期間のうちに上がるでしょう。
そういう世界で大事なのは英語力ではありません。たとえばコンピュータが翻訳しやすい論理的な言葉遣いが母語でちゃんとできること、つまりそのような母語の論理的言語能力、考えを明確に伝える能力が高いことのほうが、はるかに重要です。
もちろん、英語の読み書きや英会話ができるに越したことはないでしょう。でも、それは今後の世界を生きていくための最優先課題ではありません。その前に身につけなければいけない別のスキルのほうが、圧倒的に多いのです。
英語はプログラミング言語の一種だと思って、練習して使いこなせるくらいが丁度いい距離感のように僕は感じています。
また、子供にコンピュータ・プログラミングを学ばせる親も増えました。英語教育が社会の「グローバル化」に対する過剰反応だとすれば、こちらは「IT化」を意識しているがゆえの錯覚のようなものです。たぶん、「これからはIT業界に入れば成功できる」という前提で考えているのでしょう。
はっきり言って、子供のときから単にプログラミングが書けること自体にはあまり価値はありません。IT関係の仕事で価値があるのはシステムを作れることです。プログラミングは、自分が論理的に考えたシステムを表現するための手段にすぎません。