負け戦になった時にやぶれかぶれの自爆戦術を取るのではなく、「こりゃワシの負けだ」とばかりに強者に潔く従うとともに、負けても「あっぱれ」「良心がある」と思わせるのは張魯のこの時の判断がもたらしたものといえましょう。
しかも、自身の処遇も得たほか一族も曹操の下でポジションを与えられました。いわばM&Aをくらった社長が「ワシらはお前達の傘下に入るがそれなりの厚遇はしろよ、オラ」と要求し、それが通ったようなものです。ゲームの『三國志』でも張魯は曹操配下の武将として、三国志後期まで活躍を続けます。君主としての「名」は失ったものの、役員として「利」は取ったものといえましょう。
三国志には他にも李粛、王允、呂蒙、張松、陳桂・陳登親子など優秀なビジネスマン的武将が登場します。かつて雑誌『プレジデント』では戦国武将や中国武将に学ぶ戦術的特集をよく展開していましたが、ああいった特集をまた読みたいなァ……と思い、今回張魯をホメさせていただきました。