でも、人間は自分の行いに救われることがある。会社をたたんだ並木さんを救ったものは、2つあった。
1つは、コワい人たちの人情だ。破たん整理という仕事は、銀行などの金融機関だけでなく、任侠の世界の人たちも相手にしなければならない。彼は、一番、二番抵当の銀行への返済額を少し削って、コワい人たちにも分配できるように工面してきた。それに恩義を感じた人たちが病院に見舞いに来て、ドンと札束を置いていった。見れば、100万円も入っている。こんなにもらっていいのかなと戸惑いながら、無収入の彼には、本当に助けになったという。
もう一つは、区役所の担当者だった。治療費と生活費に困窮するようになったが、生活保護を受けることにはどうしても抵抗があった。そのとき、当時住んでいた品川区の生活保護の担当者がこう言ったのだ。
「並木さん、あなたからは今までさんざん住民税を取っていますから、これくらいもらってもいいのです」
うれしかった。絶対に早く脱出するぞと誓い、生活保護を受けることにした。その誓い通り、彼はシティバンクに再就職し、闘病しながら高収入を得るようになっていく。
いま65歳になった並木さんは、一般社団法人をつくり、障害者や母子家庭の子どもへの進学支援や、シングルマザーの自立支援をしている。
「格差なんて生ぬるい、もう階級ですよ」
努力だけで貧困から脱することは難しい。それを彼は「階級」と表現した。
働き方改革関連法が成立したが、日本から過労死を失くすだけでなく、失敗しても何度でも再チャレンジできるような仕組みができるといいなと思う。35歳の壁を、若い人をつぶす壁ではなく、弱さを強さに変えてステップアップできるような壁にしたいと心から思う。
●かまた・みのる/1948年生まれ。東京医科歯科大学医学部卒業後、長野県の諏訪中央病院に赴任。現在同名誉院長。チェルノブイリの子供たちや福島原発事故被災者たちへの医療支援などにも取り組んでいる。近著に、『人間の値打ち』『忖度バカ』。
※週刊ポスト2018年8月10日号