「繰り下げキャンペーン」の罠
その指摘を逆説的に裏付けるかのように、政府は現在、受給を遅らせる「繰り下げ推進キャンペーン」に血道を上げている。象徴的なのが安倍晋三首相のこの発言だ。
「生涯現役であれば、70歳を超えても受給開始年齢を選択可能にしていく。そういう仕組み作りを3年で断行したい」(9月14日、自民党総裁選の討論会)
つまり、「例えば75歳からでも受け取れるようにする。遅くすれば年間の受け取り額はもっと増えますよ」という誘い文句だが、本当の狙いは「保険料払い損」の加入者を増やすことにあるといっていい。
仮に現行制度に当てはめると、75歳まで(10年間)繰り下げれば、年間の受け取り額は84%増の344万円。一見、65歳から受給するより年金額が2倍近く増えるように見える。この場合、約10年半(86歳)で損益分岐点をクリアするが、政府にとっては「繰り下げを選択したけれども1円も受給せず亡くなる人」が増えていくから“助かる”ことになる。北村氏はこう付け加える。
「安倍首相が口にした“70歳以降への繰り下げ選択”の前提には、年金支給開始年齢の引き上げがある。すでに厚労省や財務省からは68歳、あるいは70歳支給開始案が具体的に示されている以上、そう考えるのが自然です」
70歳支給開始が「標準」となれば、75歳に繰り下げても年額は約266万円にしかならない(42%増)。この場合の損益分岐点は89歳超。先述した「プラス5歳相当」を加味すると、やはり90歳を大きく超える“大往生”をしないと元が取れないことになる。
政府が勧める“繰り下げの甘い汁”にはそんな罠が潜んでいる。年金支給年齢引き上げに対しては、「繰り上げが得」が正しい選択と言えそうだ。
※週刊ポスト2018年11月2日号