安倍政権は一か八かの“年金ギャンブル”で巨額の損失を出した。それも素人ギャンブラーが落とし穴に見事に嵌ったような負け方なのだ。
最初は確かに大勝ちしていた。株価が右肩上がりだった3年前の前回参院選の2か月前、麻生太郎・財務相が得意げに語った顔は今も忘れられない。
「7月に年金の運用状況が出てくるが、ウン兆円の黒字になる。アベノミクスは株だけではない。一番肝心の社会保障の元の元も稼ぎ出している」(2013年5月18日、札幌市での講演)
予告通り、参院選の告示直前の「7月2日」に発表された年金運用益は11兆円を超える黒字で、自民党大勝利の呼び水となった。味を占めた官邸のギャンブラーたちは欲深になった。
「年金資金が足りないなら株で稼げばいい。株価も上がるから一石二鳥だ」
そう考えた安倍首相と官邸の側近たちは賭け金を2倍にレイズする。原資は国民が将来のために積み立てた虎の子の年金保険料だ。厚労省の年金積立金 管理運用独立行政法人(GPIF)に約140兆円の年金積立金の運用基準を大きく変更させ、「安全」な国債を売って短期間に17兆円もの資金を株につぎ込 ませたのだ。おそらく“博打の賭け金”としては史上空前の金額だろう。
巨額資金で買い進めば一時的に株価は上がる。それまで1万5000円台で足踏みしていた日経平均株価はグングン上がり、昨年夏には2万円を超えた。だが、官製相場はそう長く続かない。今年に入ると年初から株価は4000円近く急落、年金財政は巨額の含み損を抱え込んだ。
「このままでは参院選に深刻な影響が出る」
官邸の面々は真っ青になった。しかも、今回も7月の参院選直前に運用状況を公表しなければならない。投資失敗で年金積立金に巨額の損失を出したことが明らかになれば、安倍政権は猛批判を浴び、3年前の選挙とは真逆の風が吹き荒れるのは目に見えている。
官邸の苦境を見てGPIFが動く。厚労省から出向している三石博之・審議役を中心に、内部の会議で年金積立金の運用実績の公表を参院選後の「7月29日」に延期する方針を決定した。「選挙が終わるまで国民に巨額損失を隠し通す」という露骨な選挙対策である。
民進党の山井和則・元厚労政務官は3月31日に開かれた党の年金運用問題の勉強会で厚労省幹部から直接聞かされた。
「厚労省の宮崎敦文・参事官に『年金の損失は重要な問題だから、参院選後に公表することがないようにしてほしい』と念を押したところ、参事官は『も う7月29日に公表することが決定し、塩崎(恭久)大臣に報告している』と言い出した。官邸と厚労省、GPIFのコンビプレーで隠すことにしたのだろう が、出席者はのけぞっていた」
前回参院選前には麻生財務相が5月の段階で「ウン兆円の黒字」と積極的にリークし、官邸にも「黒字は10兆円以上」と概要が伝わっていた。麻生氏も官邸も、今回の損失の概要はもうわかっているはずだ。
損失が出た以上、「アベノミクスで一番肝心の社会保障の元の元が消失した。申し訳ない」と潔く国民に謝罪したほうがいい。
※週刊ポスト2016年4月22日号