2人の「中継ぎ社長」候補
米公聴会から帰国した章男氏は、豊田市の本社に戻り2000人余りの社員に向けて、涙ながらに公聴会での状況を報告した。しかし、泣いたのは章男氏だけではなかった。驚いたことに、多くの古参社員や幹部社員らが、涙をこぼす章男氏の姿に涙したのだった。
「日本政府も、外務省も、経産省も守ってくれない中、章男さんはただ一人で耐えたんです。色々言われたけれども、あの姿を我々は決して忘れない」
こう章男氏への思慕を隠さない社員は少なくない。彼らにとって、豊田家こそ尊いものであり、章男氏から大輔氏へと受け継がれる血統こそが重要なのだと、考えている。
章男氏の父・章一郎氏に仕えたかつての幹部の言葉は象徴的である。
「トヨタには優秀な社員はいくらでもいるが、豊田本家の血統は章男氏しかいない」
時は流れて、章男氏から大輔氏へ。たしかに、これこそトヨタに流れる美しい血脈なのだが、様々な人事を巡らせても大輔氏への継承までには、少なくとも1人は「豊田家以外からの社長」が必要になってくる。
そこで俄然注目を浴びているのが先に章男氏を唯一叱り飛ばしたかつての“上司”である副社長の小林氏だという。
昭和23年生まれ、経理畑を歩いて来た小林氏は、鉛筆1本さえ無駄にしない原価管理を徹底させる。一度、ほぼ引退の身となった彼を前代未聞の人事で再び引き上げたのは章男氏だった。
彼と並ぶもう一人の候補が“側近中の側近”を自負している友山茂樹氏(副社長)である。友山氏は章男氏と始めた自動車とITを融合させた情報サービスビジネス、また昨年にはソフトバンクと共同出資会社を設立させるなど、トヨタの新しいビジネス領域を開拓してきた。
どちらかが中継ぎとなるのか。残された時間はそれほどあるわけではない。
●文/豊国道雄(ジャーナリスト)
※週刊ポスト2019年5月3・10日号