新浪氏のミッションは、大きくいって二つあった。一つは、ビームとの経営統合を成功させることだ。
ビームは、創業200年の老舗メーカーで、プライドが高かった。当初、「サントリー何するものぞ」とばかり、サントリーに馴染まなかった。新浪氏は、米国の現場に頻繁に足を運び、融和を試みた。ときには強い姿勢で議論を戦わせた。また、サントリーの創業の精神「やってみなはれ」を、時間をかけてビームに浸透させていった。
新設した人材育成プログラムの「サントリー大学」に両社の社員を集め、互いの価値観を共有した。講師を務めたのは、信忠氏や副社長の鳥井信宏氏ら創業家出身者で、ファウンダーのスピリッツを伝えた。
結果、2019年3月には、日米合作のウイスキー「リージェント」の発売にこぎつけた。それを機に、ビームとの“統合完了”を宣言した。サントリーは、スピリッツメーカー世界3位にのし上がった。日本企業による海外M&Aの稀有な成功例といえる。
次期社長を鍛える
もう一つのミッションは、次期社長と目される創業者の曾孫の鳥井信宏氏をリーダーとして鍛えることだ。
信宏氏は、慶応大学経済学部を卒業後、米ブランダイス大学で国際経済・金融学修士を習得。帰国後、日本興業銀行に6年間勤め、1997年にサントリーに入社した。
2006年「ザ・プレミアム・モルツ」の戦略部長として、45年間赤字を出し続けたビール事業の黒字化を牽引した。また、サントリー食品インターナショナル社長として、2013年に同社を上場させた。現在は、サントリーHD副社長に加え、酒類事業を束ねるサントリーBWSの社長を務める。
新浪氏が打ち立てた、ビームとのガバナンスの意思統一、酒類事業のグローバル化、シナジー効果の創出は、信宏氏にとって大いに参考となったはずだ。
創業家以外のトップである新浪氏が、大役を果たせたのは、彼を指名した信忠氏の功績でもある。新浪氏は、個性の強い“暴れ馬”だ。社長就任後、サントリー本体の上場を検討したといわれる。信忠氏は、新浪氏との相互信頼のもと、存分に手腕を発揮させる一方で、手綱を緩めずにコントロールした。創業家の懐と知恵の深さといえる。