大前研一「ビジネス新大陸」の歩き方

日本経済を知らない米学者による「現代貨幣理論MMT」の危険性

すでに日本は実践している

 ただし、日本の場合はいくら財政支出を増やしてもインフレになりようがない。なぜか? これはケルトン教授と同じく日本の実態を知らなかったノーベル経済学賞受賞者のポール・クルーグマン教授やジョセフ・E・スティグリッツ教授も読み違えたことだが、私が何度も指摘してきたように、日本は世界で唯一の「低欲望社会」だからである。

 日本人が低欲望になっているのは、少子高齢化による人口減少や将来に対する“漠たる不安”が原因だ。MMTは、政府が支出を増やせば経済活動が活発になって需要が生まれるという理屈だが、そもそも日本は需要の基になる「欲望」がなくなっている。多くの人はお金を貯めるばかりでいっこうに使わないし、いくら金利が下がっても借りようとしない。だから個人金融資産が1830兆円(2018年12月末時点)も積み上がり、その大半は金利がほとんど付かない銀行でじっとしている。

 欲望が正しくあるのが金利とマネタリーベースを操作する20世紀の経済原論の大前提なのに、それが日本では崩れているのだ。そういう日本人の「に」の字も知らない学者がマクロ現象だけを見て考えると、根本的に間違えてしまう。「今のところ大丈夫だ」というのと、「それが正しいセオリーだ」というMMTでは大きな違いがある。

「インフレが起きない限り」という前提で理論を一般化するMMTは危険極まりない。喩えてみれば、爆発しないからダイナマイトをいくら部屋に置いておいてもよい、と言っているようなもので、できるだけ早く除去すべきであることに変わりはない。

 4月4日の参議院決算委員会では、自民党の西田昌司参議院議員が「日本はすでにMMTに基づいた政策をやっている」と指摘した。これに対し、安倍晋三首相は「債務残高対GDP比の安定的な引き下げを目指しているから、MMTの論理を実行しているということではない」、麻生太郎財務相は「財政規律を緩めると極めて危険なことになり得る。日本をその実験場にするという考え方を持っているわけではない」、日銀の黒田東彦総裁は「財政赤字や債務残高を考慮しないという考え方は極端な主張であり、なかなか受け入れられないのではないか」と否定している。だが、実際には西田議員の言う通り、アベクロバズーカで国債残高と財政赤字を増やし続けている安倍政権は事実上、MMTを実践中なのである。

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