そもそも金融庁の報告書は俎上に載せるまでもない。前述したように、夫65歳・妻60歳の無職世帯は30年で約2000万円の赤字になると試算したわけだが、厚生労働省が公表した2017年簡易生命表によると、95歳まで生存する人の割合は男性9.1%、女性25.5%だ。また、件の報告書では60歳の人が95歳まで生存する割合は25.3%(2015年推計)となっている。つまり、95歳まで生きる人は全体の「4人に1人」に留まるのだ。
さらに、金融広報中央委員会の「家計の金融行動に関する世論調査」(2018年)によれば、世帯主が60歳代で2人以上の世帯(金融資産を保有していない世帯を含む)の金融商品保有額は平均1849万円だ。ということは、半分くらいの世帯は2000万円前後の金融資産を持っていることになる。
これらを総合すれば、老後資金が不足する人は全体の8分の1程度、すなわち12%ほどにすぎないと考えられる。したがって、この12%ほどの人たちを安心させる方法を考えればよいだけのことであり、国民全体に不安を広げるお粗末な対応をする前に、もっと賢明な解決策をいくらでも出せたはずだ。
「老後資金2000万円不足問題」の発端となった金融庁の報告書は、国民の投資を奨励するために盛り込んだデータの部分だけがクローズアップされてしまったわけだが、今の日本の本質的な問題は、そこではない。たとえ2000万円の金融資産を持っていたとしても、今のゼロ金利やマイナス金利では、投資で稼ぐことがほとんど不可能だということである。
もし今、金利が4%なら、金融資産2000万円で月5万円強、同1000万円で月3万円弱の利息収入(20%の税引き後)を得ることができる。1800兆円超の個人金融資産全体で考えれば約58兆円である。それだけの利息収入があれば、将来に対する国民の“漠たる不安”がなくなり、消費が増大して景気も良くなるはずだ。しかし政府は、いつ倒産してもおかしくない“ゾンビ企業”の延命を優先し、金利で稼ぐ一般国民を捨てたのである。
要は、世界一の個人金融資産を持つ国民が、アベノミクスと黒田日銀の異次元金融緩和という“世紀の愚策”によって、老後の生活設計が成り立たない事態になっているのだ。それこそが安倍政権の最大の問題であり、野党が追及すべきは年金不安や消費税増税ではなく、アベクロ政策そのものなのである。莫大な個人金融資産がある日本では、金利が高いほど景気は良くなるし、老後の計画も立てやすい。この一点に政策論争を集中すべきなのだ。
にもかかわらず、野党は安倍政権と同じポピュリズム(大衆迎合)で安易な弱者救済策を競い合っている。この「政治の劣化」には愕然暗澹とするしかない。
※週刊ポスト2019年8月9日号