何も持たず生まれ、何も持たず死んでいった藤村さんの人生は、「見事だった」と亜実さんは言う。
「親父は、あまり物への執着がなく、不安や煩わしさからいつも心が解放されていました。そのおかげで、余裕やユーモア、人への優しさが生まれ、ひょうひょうとした人柄や人気につながっていたのだと思います。親父の生き方が正しかったのかはわかりませんが、最期まで人に迷惑をかけず、幸せに生きる方法を教えてもらった。それがいちばんの財産です」
そんな藤村さんだが、生前、唯一望んでいたことがあったという。
「ぼくが子供の時、自分が死んだら骨をエジプトの砂漠にまいてくれと言われたことがあり、入院中に確認したら、『そうだ』と。『海に散骨すると白い粉が波に漂うから嫌なんだよ。砂漠なら一瞬のうちに砂か骨かわからなくなる』と言っていました」(亜実さん)
まだ実現していない父との約束を、亜実さんはいつか果たすつもりだという。
去り際に何かを残す人がいれば、何も残さない人もいる。どちらも、その人らしい終い方に違いない。死んだ後にこそ、その人の歩んだ人生が見えてくるのかもしれない。
※女性セブン2019年8月22・29日号