相続のルールは、たしかに複雑でややこしい。遺産をめぐって家族が仲違いする「争続」も少なくない。究極の相続の例として、「一切、何も残さない」という去り方もある。ダンディーかつ、ひょうひょうとした振る舞いで「オヒョイさん」の愛称で親しまれた藤村俊二さん(享年82)は、一貫して財産管理に無頓着だった。
晩年の藤村さんと暮らし、介護をしていた長男の亜実さんが語る。
「親父が持っていたのは通帳1つだけで、ほかにはまるで何もありませんでした。財産のことは、ぼくも気になっていたけど、家族から話す内容ではないと思って遠慮していて、そのうち父の体調が悪くなり、なおさら聞けなくなりました」
2015年10月に自宅で藤村さんが倒れた際、亜実さんはある大きな不安に襲われた。
「恥ずかしい話なのですが、父は医療保険にまったく加入していなかったんです。親父は高齢でかなり病気をしていたので、入れたとしても保険料がものすごく高額になってしまうため、入っていませんでした。どれくらい入院が長引くかもわからないし、その時は、ちょっとまずいなと思いました」(亜実さん)
心配する亜実さんをよそに、藤村さんはまったく不安な顔を見せなかったという。
「親父は、その瞬間を大事に生きる性格で、同時に、将来のことを何も考えていなかった。だから、将来に対する不安もなかったんだと思います。借金など“負”の財産もなく、立派なもんで、親父の持ち合わせだけで、お金の面はちょうど間に合いました。口座は凍結されましたが、残っていたのは微々たる額です」(亜実さん)