目標達成に対するプレッシャーは強かったですが、仕事自体は非常にシステマチックでした。『これを何回PRしたら何件売れる』といったデータに基づいて動く。1か月単位でこの日は社内でアポ取り、この日は営業に出ると決められていて、顧客への提案書も会社が用意し、すべて予定通りにこなすことが求められる。私が辞めて、次に誰が入ってきても、同じような成果を上げることができる仕組みになっていた」
キーエンスの営業職は基本的に中途採用はなく、適性の合う新卒を採用し、ゼロから鍛え上げるシステムだという。だからこそ、社員の平均年齢35.8歳という若さにして年収2000万円超という給料が維持できるのである。
10月に新社長への就任が発表された中田有・取締役は45歳、特別顧問に退く山本晃則・現社長も40代で社長に就任した。それもこうした独特の人材育成の結果であろう。
何もかもが既存の日本企業と異なるキーエンス。前出・川口氏はこう話す。
「課題を挙げるなら、内部留保を貯め込みすぎということかもしれません。キーエンスの連結貸借対照表を見ると、毎年積み重なってきた利益余剰金は1兆5000億円にも達し、自己資本比率は94.4%というとてつもなく高い数字を誇っています。
経営基盤は超盤石なので、投資家にとってキーエンス株は大変魅力的ですが、一方で、この業績からしたら『配当が少ない』という声が上がっています。株主総会における投資家への情報開示も消極的です。自己資本比率が高すぎるがゆえに、投資家に阿る必要がない。だから投資家にとってはあまり優しくない企業なのです」
米経済紙フォーブスが伝える「日本の富豪」では、創業者の滝崎氏がユニクロの柳井正氏、ソフトバンクの孫正義氏に次ぐ3位にランクインした。日本では知名度が低くても、もはや海外ではキーエンスは「日本を代表する企業」とみなされており、投資家たちの厳しい視線も期待の裏返しであろう。
この会社の急激な成長は、日本の企業文化そのものを変えていくインパクトをもたらすかもしれない。
※週刊ポスト2019年11月29日号