さて、まずはブロスに入ったきっかけについて。4年間務めた広告会社・博報堂を何の実績もないまま辞め、そのまま無職になって、なぜかライターになったのですが、元々大好きだったテレビブロスの仕事をしたくなりました。
“無職上がり”だった私は、最初は『日経エンタテインメント!』(日経BP)と朝日新聞が出していたタブロイド紙『セブン』のライターになったのですが、やはり同じ活字にかかわるのであれば、自分が最も好きな雑誌の編集者になるべきだろう! とばかりにブロスの編集部に売り込みの電話をかけました。すると、幸運なことにその電話に出たのは編集長で、一度会ってもらえることになりました。
さすがに「博報堂出身のライター・編集者志望の無職」という経歴は、編集長にとっても「ムムッ!」と思ってくれたのか、こう言ってくれました。
「博報堂にいらっしゃったってことは、数字に強いですよね? 今、“SMAP解散シミュレーション”って企画考えているんですよ。SMAPが解散したらどれだけの経済波及効果があるかを考えたいのですができますか?」
SMAPがまだ人気絶頂で解散の「か」の字も出てきていない時に、この仰天のオファーをしてきたのは、ブロスの総集編特大号で「変人編集長BEST5!」の1位に輝いたK氏でした。その後もK氏の変人ぶりは毎度感じたのですが、私はこの「SMAP解散シミュレーション」については、当時、野村総研で働いていた友人とともに必死に作り、「933億円の損失が出る!」という結論を出しました。
完全放置プレイで特集を作り続けた日々
結果的にこの企画はゲラの段階で発行元の東京ニュース通信社の役員の目にたまたま触れることとなり、「我々がお世話になっているSMAPの解散を願うような特集はけしからん!」とお蔵入りになりました。