猛暑の夏が終わり、すっかり秋の気配が感じられる今日この頃。空に目をやれば、高く澄んだ空にうろこ雲が見られ、夜にはお月見も楽しめる季節になった。ここでは、秋の深まりを知らせる「中秋の名月」にまつわる歴史や、秋の空が高く澄んでいる理由を気象予報士の田家康さんが解説する。
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今年の「中秋の名月」は10月1日。空に浮かぶ美しい満月を見ながらお月見をするのが秋の風物詩だ。この日に月を見る習わしがあるのは、一般的に、中秋の名月が月の満ち欠けを基準とした太陰暦(旧暦)を由来としているため(正確には、太陽の動きも考慮した太陰太陽暦)。太陰暦では、中秋の名月は8月15日とされ、新月から満月までをおよそ15日としていることから、15日は満月と考えられた。
秋の満月を「お月見」として鑑賞する風習は、9世紀頃に中国から伝わったとされる。宗教的行事とは無縁で、風流をたしなむ平安時代の貴族の社会で広がっていった。室町時代以降もお月見は続けられ、江戸時代には月の鑑賞を目的として桂離宮(京都市西京区)が創建された。桂離宮では、今でも毎年中秋の名月に「観月会」が催されており、競争率は70~100倍と大変な人気となっている。
秋の満月が美しく見えるのは、「天高く、馬肥ゆる秋」という中国の言葉にもあるように、秋に変わり空が高く澄んできたことが関係する。では、なぜ秋の空は高く澄んで見えるのか、これには2つ理由がある。一つは、夏から秋になると地上だけでなく上空の気温も下がり、空を白っぽくしていたエアロゾルと呼ばれる塵(ちり)や水蒸気が減るためだ。『理科年表』によると、毎月の正午の大気透過率(月別)は、館野(茨城県つくば市)では6~7月が0.62と最も低く、8月は0.63、9月は0.66、10月は0.70と高くなっている。
もう一つの理由は、夏と秋では雲の種類が異なるため。夏の空の雲は、低い高度に綿菓子のように浮かぶ積雲や、低い高度から高い高度までもくもくと伸びた入道雲(積乱雲)がよく見られる。これは、太陽の熱で地表が温められて上昇気流が起きるから。これに対して秋の空には、高い高度に細く薄い巻雲やうろこ雲(巻積雲)がよく見られる。これも、低い高度の大気の気温が下がることで、水蒸気があまり含まれなくなるためだ。
ただ、実は大気の透明度は秋から冬にかけてさらに増し、冬の空の方が秋より澄んで見える。大気透過率(月別)は、11月が0.75、12月が0.76、1月が0.77と冬になるにつれ高くなる。2月以降は0.74から0.6台と落ちるが、これは中国からの黄砂の影響があるからだ。
では、なぜ冬ではなく秋の満月を鑑賞するようになったのか。どうやら平安時代から議論があったようだ。藤原明衡の『新猿楽記』には「敢無愛人。宛如極寒之月夜」とあり、愛する人がいないことを冬の極寒の月で表現した。確かに防寒服が充実していない当時、屋敷の外に出て観月する気分にはなれないし、観月したとしても物悲しい気持ちになったことだろう。冬の満月がはっきり見えすぎることにも賛否があった。例えば、『源氏物語』の注釈書『河海抄』には、清少納言が『枕草子』の中で、「しわすの月」を「いとあかき(あまりに赤い)」とし、「媼(おうな)の化粧」のように「すさまじき(興覚め)」ものと記していた(現存する『枕草子』には記されていない)という引用が伝えられている。
空気が次第に澄んできて、ほどほどにくっきり見える秋の満月を鑑賞するのが、平安の時代からの知恵と言えそうだ。
【プロフィール】田家康(たんげ・やすし)/気象予報士。日本気象予報士会東京支部長。著書に『気候で読む日本史』(日経ビジネス人文庫)、『気候文明史』(日本経済新聞出版)、他。