もしドル高に振れることがあるとするなら…
もっと深刻なのは貿易収支である。2019年の貿易黒字額トップは中国で4211億ドルの黒字。ワースト1位はアメリカで9243億ドルの赤字であり、ワースト2位のイギリスの2261億ドルの4倍を超える赤字額である。貿易赤字はドルの供給を増やす側に働くものの、それを帳消しにする金融収支の黒字がある。この不均衡を是正するためにはドル安が望ましい。
2008年に発生したリーマンショックの対応策として、FRBは非伝統的な量的緩和政策の実施に踏み切った。その後、一旦緩和策の解消を始めたが、今回の新型コロナ禍でそれも水の泡となり、再び量的緩和政策が行われている。
現在、事実上のゼロ金利政策がとられており、FRBは米国債を月当たり800億ドル、住宅ローン担保証券を月当たり400億ドル買い入れている。しかし、新型コロナ禍の第三波が到来、11月25日に公表されたFOMC(連邦公開市場委員会)の議事録(11月4~5日に開催)をみると、“米国債の購入を増やすなど、追加緩和を強化した方が良い”と判断されたようだ。長期にわたり、金利は低く据え置かれ、ドルの供給は更に増える可能性が高い。
これでは今後、ドル安必至である。もし、ドル高に振れることがあるとすれば、ドルの基軸通貨としての信認が揺らぎ、ドルへの需要が縮小するような事態が起きる場合であろう。そうなれば、悪い金利上昇が起こり、金融システム全体の安定性が損なわれる可能性を考えなければならなくなる。
ただ、日本や、欧州の先進国も、程度の差はあるが、中央銀行が量的緩和をしているという点では似たところがある。違うのは中国である。こちらは相対的に金利は高く、また、景気を下支えするための債券や株式の購入などを行うこともしていない。
しかも、為替取引システムは変動相場制ですらない。中国人民銀行の管理の及ぶ管理フロート制である。共産党はこの夏、米中の緊迫した状態が長く続くことを想定し、内需を主体とした経済発展戦略である双循環戦略を採る方針を示している。内需主体であれば安く輸入品を買うことができる人民元高が望ましい。世界の為替トレンドは、ドルが安くなって、人民元が高くなるといった状況が続きそうだ。
文■田代尚機(たしろ・なおき):1958年生まれ。大和総研で北京駐在アナリストとして活躍後、内藤証券中国部長に。現在は中国株ビジネスのコンサルティングなどを行うフリーランスとして活動中。メルマガ「田代尚機のマスコミが伝えない中国経済、中国株」(https://foomii.com/00126/)、ブログ「中国株なら俺に聞け!!」(http://www.trade-trade.jp/blog/tashiro/)も展開中。