ネット通販、デジタル配信、リモートワーク……“IT生活”が当たり前となった今の日本社会。25年前からこうした社会の到来を予見していたのが、ソニーで「名経営者」と呼ばれた出井伸之氏である。83歳にして現役経営者としてベンチャー企業を育成・支援している彼の目に、いまの日本企業はどう映っているのか。若かりし時代のエピソードとともに、出井氏の考えを聞いた。
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〈出井はソニー創業者、盛田昭夫に対する畏敬の念を隠そうとしない。東京通信工業の創業、戦後間もないという時期にもかかわらず米国への進出、そして家族での米国への移住。コンテンツの時代を睨んでのコロンビア映画の買収。そして、盛田は若者を大胆に起用し、チャンスを与えた。〉
27歳の時ですよ。パリに行ってソニーフランスを作ってこいって言われてほっぽり出されたのは(笑)。
同じようにイギリス、ドイツにも同期が送られた。会社に入ってまだ4、5年です。そうした社員を盛田さんは送ったんだな。
何にも分からなくても、人間、ほっぽられると何とかしようとするんです。海に放りだされれば、泳ぐんですよ、人間は。ソニーの凄いところは、僕が海外に赴任した時、ソニーは一旦退職になって、微々たる退職金が出たんですよ。当時のソニーはそこまで人を追い立てるような会社だった。だから、社員は自立しようとし、能力を磨いた。
だから、僕は企業が退職金をなくしてしまえばいいと思っています。退職金を当てにして働くのっておかしくないですか? その年齢まで働くことが目的になるのは違うと思う。退職金をやめて、その分、契約期間の給料を上げればいいんです。
定年制もどうかと思う。フランスなんかで定年延長なんてやるとデモが起きますよ。若者を犠牲にするなって。それを許してるシステムがおかしいと僕は思います。5年ごとの契約で、若者でも60代でも、有能な人材だけ契約更新する。やはり、能力のある人にはその分のお金を払うというだけのことです。
【プロフィール】
出井伸之(いでい・のぶゆき)/1937年生まれ、東京都出身。早稲田大学政治経済学部卒業後、1960年にソニー入社、外国部に配属。1962年スイスに留学。1968年フランスに赴任、ソニーフランス設立に従事。1979年オーディオ事業本部長、1988年ホームビデオ事業本部長を経て1995年に代表取締役社長に就任。2005年に会長兼グループCEO退任後、2006年にクオンタムリープ株式会社を設立。現在、同社の代表取締役会長。
聞き手/児玉博(ノンフィクション作家)
※週刊ポスト2021年1月1・8日号