新型コロナ禍の中、すでにEU諸国などは出入国だけでなく国内の旅行やイベント、飲食にスマホのワクチンパスポート(接種証明書)を活用している。一方、日本のワクチンパスポートは、いまだに「紙」である。デジタル庁は年内をめどに電子交付を検討しているが、ことほどさように日本の行政のデジタル化は世界から大きく遅れているのだ。
政府はマイナンバーカードを健康保険証として利用できるようにしたり、運転免許証と一体化したりする予定だが、住民基本台帳ネットワークシステムを土台に拡張しているマイナンバー制度のシステムは、本館と新館や別館を渡り廊下でつないで迷宮状態になった古い温泉旅館のようなものだから、合併前の三つの銀行のシステムを無理矢理一つにしたみずほ銀行と同様にトラブルが続発するに違いない。
現に、当初は3月下旬から本格運用されるはずだった健康保険証のシステムは、試行段階でトラブルが相次いで開始が10月20日に先送りされた。マイナンバー制度のシステムは捨て去ってゼロから国民DBを作り、そこからすべてをスタートすべきなのだ。
もし私が岸田首相なら、デジタル相にはインドの生体認証による国民IDシステム「アーダール」を1年半で作り上げたナンダン・ニレカニ氏(大手IT企業インフォシスの共同創業者)を招聘する。インドの人口は13億7000万人だから、1億2500万人の日本で同様のシステムを構築するのは、あっという間だろう。ITベンダーも、国内だけでなく世界中から募集すればよい。
そこまで思い切ったことをやらなければ、真のデジタル改革は実現できない。今のお粗末な人材や呉越同舟の組織で、地域ごとに異なるITベンダーが介在しているマイナンバーをベースにしていこうと考えているようでは、デジタル庁は早晩座礁するだろう。
【プロフィール】
大前研一(おおまえ・けんいち)/1943年生まれ。マッキンゼー・アンド・カンパニー日本支社長、本社ディレクター等を経て、1994年退社。現在、ビジネス・ブレークスルー代表取締役会長、ビジネス・ブレークスルー大学学長などを務める。最新刊は『世界の潮流2021~22』(プレジデント社)。ほかに小学館新書『新・仕事力 「テレワーク時代」に差がつく働き方』等、著書多数。
※週刊ポスト2021年11月5日号