だが、いまだ法的な整備はされていない。ドナーと仲介者、そして親の判断にゆだねられている部分が大きい。産婦人科医で岡山大学大学院保健学研究科教授の中塚幹也さんが言う。
「出自を知らされたことで、子供が悩む可能性があることも事実です。かつては日本でも、第三者から精子の提供を受けて産むなら、子供の出自を一生知らせないことが親の責務だと考えられており、医師から親へ“子供の出自は秘密にしなさい”と告げるのがふつうでした。しかし、どんな秘密も一生隠し通すことは難しい」
顔つきや血液型、遺伝子など、子供が大きくなってから気づく機会はいくらでもある。
「後から偶然自分の出自を知ってしまって、アイデンティティークライシス(自分の価値や存在意義を見失うこと)やPTSD(心的外傷後ストレス障害)を引き起こす方が問題です。子供にとっては、親と血がつながっていなかったことよりも、大切なことを隠されてうそをつかれてきたことの方が悲しい。“どうして教えてくれなかったの”と、親子関係に亀裂が入り、信頼関係を失う」(岸本さん)
卵子提供によって2人の子供をもうけた芸人のなかさとみさんは、まだ幼い息子たちの出自について、すでに明かす準備をしているという。
「1人目の子には、2才になったときから、絵本などを通じて、彼らが卵子提供で生まれたことを伝えています。“ママには赤ちゃんの卵がなかったから、あなたたち2人は、プレゼントしてもらった卵から生まれたんだよ”と話していますが、本人はまだあまり興味がないようです(笑い)」
一方で、今年の12月に「生殖医療民法特例法」が施行されることにより、母親の権利は守られることになった。自分以外の卵子で出産した場合、卵子の提供者ではなく、出産した女性を法的な母とすることが確定したのだ。
では、父親の方はどうか。
「2012年、精子バンクを利用して生まれた子の父親だと認められなかったトランス男性が裁判を起こした例があります。性別適合手術を受けて戸籍上の性別を男性に変更し、子を産んだ女性と法的な夫婦だったにもかかわらず、遺伝的なつながりがないことを理由に、父だと認められませんでした」(中塚さん・以下同)