キャリア

エリザベス女王から招待、2億円を紙袋で持ち歩く… 元『¥マネーの虎』南原竜樹さんの豪快エピソード

2003年5月17日、MGローバー設立記者会見を行う南原竜樹さん(本人提供)

2003年5月17日、MGローバー設立記者会見を行う南原竜樹さん(本人提供)

 20代で立ち上げた個人商店を年商100億円企業に成長させ、「若き実業家」として人気テレビ番組にも出演。ところが、世界進出を目論んだ矢先に莫大な負債を背負い、果てはホームレスに。そこから奇跡の大復活を遂げ、還暦を過ぎてキックボクサーとしてデビューしたというあまりに波瀾万丈な人生を歩んできたのが株式会社LUFTホールディングス会長の南原竜樹さん(62)だ。【前後編の後編。前編から読む

 人気番組『¥マネーの虎』(2001年10月~2004年3月、日本テレビ系)で「冷徹な虎」として人気を博していた頃のことを南原さんはこう話す。

「あの頃の人気番組は視聴率も桁違い。テレビが世間に与えるインパクトも絶大でした。金曜夜のゴールデンタイムに番組出演した翌日、地下鉄に乗ったら、そこにいた乗客全員が携帯電話のカメラを僕に向けたほど(笑)。今でもあの番組を覚えている人は多いですね」

 そう振り返る南原さんは1960年に岡山県で生まれ、愛知県で育った。小学生の頃は自転車を乗り回し、ブレーキをかけず急な坂道を疾走して転倒、右腕を骨折するような「やんちゃ坊主」だったという。高校に入るとアルバイトでお金を貯め、当時の同世代は誰も乗っていない希少バイク「ホンダ・ドリームCB750FOUR(通称=ナナハン)」を手に入れて乗り回した。

 車好きが高じて、大学時代は日産のディーラーに入り浸った。そこで手に入れた中古自動車が、若き南原さんの進む道を決定付けた。

「日産の中古車販売の担当者が、当時人気だったハコスカ(3代目スカイライン)を5万円くらいで売ってくれたんです。もともとベージュだった車体を真っ赤に塗り直してアルミホイールやマフラーを交換し、見栄えがよくなるよう車高を落としたら、友達に『カッコいいな。売ってくれないか』と言われた。それならばと、中古で仕入れたハコスカに手を入れ、1台30万円くらいで売り始めたのが僕の起業の原点です」(南原さん・以下同)

 ビジネスの端緒を感じて23歳でドイツに旅行した際、日本では高くて買えない車が現地では安く手に入ることを知り、並行輸入して国内で売ることを思い立ちました。馴染みのディーラーや整備工場で輸入手続きのやり方を学びつつ、友人に購入を持ち掛けてオーダーを確保したんです。ところが、当時の運輸省や陸運支局は“お役所意識”が強く、何度も書類の書き直しを命じられた。私の読みが甘く、初めての輸入ビジネスは100万円以上の赤字でしたが、ビジネスのきっかけをつかむことができました」

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