資本主義によって奪われる命の数を、どう算定するか──。話題処『ザ・キルスコア 資本主義とサステナビリティーのジレンマ』(ヤコブ・トーメ・著 鈴木素子・訳)を、経済アナリスト・森永卓郎氏が読み解く。以下、森永氏の書評を紹介する。
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久しぶりに「こんな方法があるんだ」と感動した。資本主義によって奪われる命の数を表す「キルスコア」のことだ。
例えば、企業が温室効果ガスを何トン削減したとか、世界の総排出量が何トンといった話をされても、正直言って実感がわかない。しかし、その活動が、将来の影響も含めて、何人の人命を奪っているのかという測り方をすると、途端にリアリティが高まる。著者は気候危機、廃棄物、過重労働から戦争まで、資本主義がもたらす惨禍のキルスコアを考察していく。
もちろんキルスコアの算定はむずかしい。例えば、最も直接的な温暖化の被害である熱中症による死亡者数にしても、温暖化や温室効果ガスとの因果関係を定量的に特定するのは困難だ。温暖化に伴う将来の気候変動がもたらす洪水や食料不足の定量化はもっと難しい。
ただ、本書の素晴らしい点は、そうした困難があることを認めつつ、これまでの研究をベースに大雑把な数字を提示していることだ。例えば、イギリスやドイツの国民は、人生を通じた温室効果ガス排出で、一人あたり0.9人の命を奪っているという。環境対策の後進国である日本人は、もっと多くの人を殺しているはずだ。そうした数字を突き付けられたら、環境対策にもっと強い関心を持つ国民は確実に増えるだろう。
また、どの国が一番人を殺しているのかをキルスコアで示せば、より効果的な地球温暖化対策の枠組みを作ることが可能になる。個別の産業政策の策定にもキルスコアは活用できる。例えば、電気自動車と軽自動車のどちらのキルスコアが高いのか、原発と太陽光発電のどちらのキルスコアが高いのかという事実を用いた政策選択だ。
ただ、私は著者の偉大な「発明」が世の中に無視されてしまうのではないかと懸念している。原発や電気自動車などに利権を持つ人たちにとって、キルスコアは都合の悪い数字になる可能性が高いからだ。ただ、だからこそ多くの人が本書を通じてキルスコアを理解し、その活用を訴えて欲しいと思う。
※週刊ポスト2023年8月18・25日号