100年以上の歴史を有し、大阪西成のアーケード街に位置する飛田本通商店街。昭和時代にタイムスリップしたかのようなレトロな街並みを抜けると、色町・飛田新地がある。夕刻に歩くと呼び込みの仲居が日本語だけでなくカタコトの中国語を駆使して「らいらいらい、ちんぐおらい(来来来、請過来=来て来て、おいでおいで、の意)」と男性グループに声を掛けていた──。
「三大ドヤ街」として知られる西成で近年、中国人の存在感が目立っている。背景にあるのは、「西成のドン」として知られる中国人の不動産会社社長・林伝竜氏(60)の動きだ。
西成はもともと労働者の街として高度成長期に隆盛を誇ったが、その後は活気が失われていった。
「バブル崩壊後は高齢化もあって店を閉じる人が増え、シャッター街のようになりつつあった。多くの失業者が閉鎖した店舗の前で寝ていました」(飛田本通商店街振興組合の村井康夫理事長)
そうしたなか、林氏は2008年頃から失業した生活保護者や労働者向けに1曲100円で安く呑める「カラオケ居酒屋」の経営に乗り出した。中国人ママが店に立つガールズバーのような店舗で、ノーチャージでドリンクは1杯500円。これが大ウケすると、模倣する中国人の同業者が続出し、年々数を増やしていった。
「特に2015年頃から急増し、現在は170店舗ほど軒を連ねています。カラオケ居酒屋によって街が賑わいを取り戻したことは事実です」(村井氏)
商店街の過半数を占めるまでになり、歩いていると昼夜を問わずあちこちから中年男性の熱唱が響いてくる。各店舗には「いなか漬」「骨董品」「畳」など、かつては日本のさまざまな店が繁盛していたことを偲ばせる往年の看板も残っており、街の変貌を感じさせる。
「日本初となるアーケード付きの中華街を作りたい」
カラオケ居酒屋を成功させた林氏がさらに街を活気づけようと提唱しているのが「中華街構想」だ。商店街の東西南北4か所にきらびやかな中華門を建て、中華料理店を呼び込むもの。目抜き通りの名称を「龍街(ドラゴン通り)」に改称する案もあるという。林氏に話を聞いた。
「日本初となるアーケード付きの中華街を作りたい。大きなモニュメントを建てて、神戸の南京町のように人をたくさん呼び込むんです」
林氏が代表を務める中国人経営者の親睦団体「大阪華商会」は2023年12月、その第一歩として三国志の英雄・関羽をまつった「関帝廟」を商店街の一角に約6000万円で建設。中国人ママたちが参拝に訪れている。
西成は近年、若者を中心に“個性的なディープスポット”として注目されており、国内外の観光客は増加傾向にある。中華街構想が実現すれば、さらなる起爆剤となるのかもしれない。
だが、地元の日本人店主たちだけでなく、当の中国人の間でも賛同の声は思うように集まっていない。来日して20年以上になるという中国人ママが言う。
「私は日本の街が好きだし、ここに住み慣れている。中国人が多いといってもカラオケ居酒屋があるだけで、中華街にするのは無理がある。それで活気を取り戻したとしても、複雑な心境です」
隆盛と衰退を行き来する西成の街は、どこへ向かっていくのだろうか。
取材・文/西谷格(ノンフィクションライター)
※週刊ポスト2024年6月21日号