投資家の間で「トヨタ売り、日立買い」の動きが取り沙汰されるほど、絶好調の業績を上げている日立製作所。同社は“家電”だけでなく多方面に事業を展開し、今やグローバルな「高収益企業」に変貌を遂げた。
電車やバスに乗る際は、乗客がスマホや乗車券を取り出して改札などを通るが、日立の最新サービスはそんな日常の風景を一変させる。すでに、乗客が公共交通機関の改札を手ぶらで通過して乗り降りをするだけで、自動的に正確な乗車料金が決済される仕組みが実現しているという──。
「選択と集中」により事業構造を大きく変化させた日立が今、中心に据えるのがデジタル領域の新規事業「ルマーダ」だ。
ルマーダは2016年5月に東原敏昭会長(当時は社長)が発表したものであり、「illuminate(照らす)」と「data(データ)」を組み合わせた造語。馴染みは薄いが、業務やサービスの「DX(デジタルトランスフォーメーション)化」に取り組む企業の課題を解決する事業で、実績を着々と積み上げている。
売上高は1兆9600億円(2022年度)に達し、2024年度は同2兆6500億円を見込む。ルマーダ関連は日立全体の売上高の約3割を占める。どんなビジネスモデルなのか。日立コーポレート広報部はこう説明する。
「一言で言えば社会インフラの様々な問題を解決するテクノロジーとサービスです。企業や公官庁が持つデータと日立の持つデータを合わせて分析(AI解析)することで事業の効率化や新たなイノベーションを生み出す。
例えば地中の水道管などの補修では、職人が現場を毎回掘り起こして確認していた。それを地質データから位置情報を解析し、埋設管の状況を常にデジタルで可視化できるようになった。事故の防止や作業効率の改善に繋がりました」
『経済界』編集局長の関慎夫氏は、オフィスビル内のルマーダ活用事例に驚いたという。
「ビルのDX化とは何のことかと思ったら、ルマーダによりフロアごとにどれだけ人がいるかに合わせてエアコンの調整やエレベーターを配置する。そうして消費エネルギーの最適化や快適性を実現していたのです」
関連しない事業は整理する
より身近と言えるのが食品スーパーへの導入だ。
「関東地方に展開するヤオコーは2022年、全店にルマーダ『AI自動発注システム』を導入しました。売れた分を補充する従来の方式では、天候などの影響による急激な供給変化に対応できません。毎朝、その日に何が売れるかを見極めるルマーダの予測で発注業務にかかる人員や時間、店が抱える在庫まで大幅に削減できたといいます」(関氏)
イタリア最大の港町・ジェノバでは、冒頭に記したように、スマホアプリを入れることで地下鉄やバスなどの市内交通サービスを「手ぶら」で利用できるシステムが構築されている。
「駅や車内など7000か所に設置された小型センサーとスマホが通信し、移動距離などを認識して自動で決済、翌日に明細が送られてきます。券売機や改札が不要なので利便性が高いのはもちろん、利用者の移動データがクラウド上に蓄積されるため、ダイヤ改正や災害対策への活用が期待されています」(同前)
同事業を武器に、日立は世界のビッグテックとも連携を進めている。カブ知恵代表の藤井英敏氏が語る。
「グーグルのクラウドサービスやマイクロソフトの生成AI、半導体大手エヌビディアと相次いで連携を発表し、ルマーダをさらに成長させる意向を示しています」
日立は決算発表でも「ルマーダに関連しない事業等は整理する」と言及した。その背景にはルマーダの成長を追う形で、国内電機メーカーによる「DXブランド化」競争が起きていることもある。
「三菱電機のセレンディ、富士通のユーバンスなど、電機各社がDX支援事業をブランド化してルマーダを追随しようとしています。鉄道、通信、電力と事業領域が広い日立がどこまで優位性を保てるかに注目です」(前出・関氏)
日立が好調を維持できるかの鍵は、ルマーダが握ることになりそうだ。
※週刊ポスト2024年9月13日号