温泉が好きな日本人は多いが、その一方で跡継ぎ問題やコロナ禍の打撃などで、温泉街はさびれつつある。そうした危機的状況において、「湯治(とうじ)」を令和にアップデートさせようという試みも始まっている。
湯治とは文字通り、湯で治す――温泉地に長期間留まることで疲れを癒し、心身をリフレッシュさせるものだ。古来より日本で親しまれ、武田信玄や徳川家康といった多くの戦国武将も、戦いで受けた傷を温泉で癒していたと伝えられている。
各地の温泉が苦境にある中、こうした現状を打破し、活性化を図るため、環境省は『新・湯治』プロジェクトを発足。歴史や文化遺産の活用、インバウンド対策などを自治体や旅館とともに取り組んでいるところだ。
また、現代人の休養として「睡眠」への関心が集まっていることを受け、JTB 総合研究所などが参加する温泉×睡眠コンソーシアムが「寝(シン)・湯治」の実証実験をスタート。温泉に入ることで睡眠の質を上げ、人間の本来のパフォーマンスを引き出そうという試みだ。
そうしたなか、かつて俳優・石原裕次郎さん(享年52)が大怪我を負った際、約2か月湯治をしたという山梨県の下部温泉にある下部ホテルでは「シン湯治・リカバリープラン」を開始した。“リカバリー“にこだわり、食事はもちろん寝具、入浴方法に至るまで、すべてのプロセスで疲労回復やリラックス効果のあるコンテンツを用意したという。
このプランができた背景を、株式会社下部ホテル代表取締役・矢崎道紀さんに聞いた。
湯治に対するイメージをリニューアル
下部温泉は、1200年の歴史がある湯治の地。東京からのアクセスもよいとあって、昭和4年創業の下部ホテルも長く愛されてきた。まずは矢崎さんの父で先代の代表・崇さんが、石原裕次郎さんの思い出を振り返る。
「昭和36年に志賀高原で女性客を避けようとしてスキー事故を起こした裕次郎さんは、慶応病院に入院されました。その頃、怪我や病気になったら湯治という文化はまだまだ健在で、私どもが伺った時には、すでに他の名だたる温泉地からも、“ぜひうちで湯治を”と声をかけているところだったと聞いています。ご縁があって私どものホテルにて、53日間も療養されました」