【書評】『ドーナツ経済学が世界を救う 人類と地球のためのパラダイムシフト』/ケイト・ラワース・著 黒輪篤嗣・訳/河出書房新社/2400円+税
【評者】森永卓郎(経済アナリスト)
朝まで生テレビで、私はこう詰め寄られたことがある。「君は経済成長が必要ないと言うのか」。私はこう答えた。「そうは言わないけれど、成長よりも平等の方が大切だと思う」。「成長しなかったら、貧しい人を豊かにすることも、できないんだよ」。
どうやら経済成長が必要だということは、日本の知識階級のなかで、コンセンサスになっているようだ。ただ私は、ずっとそのことに違和感を覚えてきた。その違和感をすっきりさせてくれたのが、本書だ。
著者は、経済の目標を経済成長に置くのではなく、人々が幸福に暮らせる社会にすべきだと主張する。タイトルのドーナツというのは、二重の円を示す。内側の円が絶対的貧困の境界線だ。経済がこの円よりも小さいと貧困が深刻になる。外側の円は、環境破壊の境界線だ。
これより経済を大きくすると、資源が枯渇し、大気汚染や気候変動が深刻化する。だから、やたらに経済成長を目指すのではなく、二つの円の間、つまりドーナツの身があるところを「人類にとって安全で公正な範囲」だとして、そこに経済を誘導すべきだと著者は言うのだ。
言っていることは、きわめてまともだ。ただ、そうした主張自体は、これまでも存在した。しかし、本書の素晴らしい点の一つは、著者の深く、かつ幅広い知識がふんだんに盛り込まれているところだ。これまでの経済理論の歴史から、金融、システム工学、環境学、開発経済学にいたるまで、きちんと勉強して、物事を整理しているのだ。もう一つの素晴らしい点は、抽象論で終わらずに、具体的に、しかも大胆な対策を述べているところだ。
例えば、中央銀行が全世帯に直接お金を発行して、債務の返済に充てさせる「国民のための量的緩和」の提言をしている。日銀が国債や株式を買いまくって、資金を供給しても、国民に行き渡らないからデフレ脱却ができない。この方法なら、確実に国民が幸せになれるだろう。経済の見方を根底から変えてくれる好著だ。
※週刊ポスト2018年3月23・30日号