アメリカの中央銀行である連邦準備制度理事会(FRB)が利上げに踏み切ったが、今後の為替相場はどう動くのか、為替のスペシャリストで酒匂・エフエックス・アドバイザリー代表の酒匂隆雄氏が解説する。
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FRBは、引き締めに転じた後も、さらなる利上げには慎重な政策スタンスを継続すると見ている。その最大の理由は「チャイナリスク」だ。中国政府は、国内経済の変調を受け、再び輸出主導で経済成長を軌道に乗せようとしている。そこで、8月中旬、中国人民銀行は、通貨・人民元のレートを大幅に切り下げた。その影響で、周辺のアジア新興国も自国通貨安を誘導する動きが出た。
しかし、米国の利上げの可能性が高まると、今度は、中国を含めた新興国は、海外からの投資マネーの流出のリスクにさらされることとなった。これが、現在顕在化しているチャイナリスクの一面である。
このチャイナリスクのタチの悪いところは、リスクの本質が見えない点。中国経済の不調がどれほど深刻で、何が問題となっているのか、したがってどんな対処が有効となるのか、外からはほとんどわからない。
中国政府は、投資マネーの流出を抑えるべく、為替市場では人民元の買い支えを行なっているが、買い支えは、人民元の切り下げの効果を減殺してしまう。すでに通貨・金融政策がチグハグだ。さらに、以前から指摘されていたことだが、発表される経済データの信ぴょう性も疑われている。
このチャイナリスクは、すでにマーケットが経験しているように、「ドル安・円高・株安」を引き起こす、強力なリスクオフ要因だ。解消への道筋が見えてこない限り、ドルを買い進むことは難しいだろう。2016年中は、解消への道筋というよりも、さらに悪化する可能性の方が高いのではないだろうか。
FRBが矢継ぎ早に利上げをしないと予想する理由はまだある。雇用とともに金融政策の大きな目標であるインフレ率が、目標値の前年比2%を大きく下回ったままだからだ。
FRBがインフレ指標として注視している、食品とエネルギーを除いた個人消費支出(PCE)のコアデフレーターは、2012年前半以降、約3年半近く、ずっと2%を下回っている。9月のコアデフレーターは1.3%と、8月と同じ数値で上昇する気配はまったくない。中国をはじめとする海外経済の減速が、ボディーブローのように効きはじめている可能性がある。インフレ率を見ると、引き締めよりも緩和が必要な状態といえる。
また、政策当局が、さらなるドル高を望んでいない、という状況もある。イエレンFRB議長は、2015年3月から、ドル高の弊害として輸出の伸び悩みを挙げていた。また、国際通貨基金(IMF)のラガルド専務理事も、ドルが一段と上昇すれば、新興国を始めとした国々に著しい悪影響が及ぶ恐れがある、と警告している。いずれも、さらなるドル高は容認できないというスタンスだ。
欧州中央銀行(ECB)が追加緩和をし、中国人民銀行は利下げを実施した。日銀も追加緩和を否定しない。このように、主要国の通貨安競争が再燃する可能性がある中、ドル独歩高につながる追加利上げには、FRBは慎重にならざるを得ない。
したがって、FRBが金融引き締めに転じれば、日米の金利差が一方的に拡大していく、という現在のメインシナリオが実現する可能性は、実は低いのではないか。2015年半ばに付けた1ドル=125円台を、FRBの追加利上げによる日米金利差拡大をかなり織り込んだ水準と考えると、当面、利上げが1回に止まり、米政策金利の上昇に頭打ち感が浮上すれば、マーケットは大幅なシナリオの修正を迫られる。
2016年前半は、ドルの下落リスクを念頭に置いておきたい。ドル円の予想レンジは1ドル=110~125円と見る。
※マネーポスト2016年新春号