「父が脳梗塞で倒れた」──母から連絡を受けた一人息子は急いで駆けつけた。まだ意識ははっきりせず、後遺症で認知症になるリスクがある。
父は地元で中小企業を経営していたが、もう切り盛りできそうにない。東京でサラリーマンをしている息子は、退職して父の事業を継承するか、事業を畳むかの選択を迫られたが、父が意識不明のままでは口座ひとつ動かせない。
そこで、親が倒れる前に備えておきたいのが「家族信託」という制度だ。「家族信託」は親が自分の財産の一部を家族に信託し、運用・管理してもらうもの。信託契約の内容次第で家族(受託者)は運用に広い裁量権を持つ。司法書士・山口和仁氏が語る。
「中小企業のオーナー経営者が大半の株を持ったまま倒れたり、認知症になると、経営がストップする。息子が事業を畳むにしても、株主総会の3分の2以上の賛成による清算決議が必要です。息子が株主でなければ対応できません。
あらかじめ家族信託を利用して、父親の株式の議決権を息子に信託する。そして父親は議決権の行使を指図する指図権を持っておく。そうすれば、父が認知症や病気で指図できなくなったとき、自動的に息子に議決権が移り、社長に就任して会社を続けるか、会社を清算するかを決めることができます」
資産管理を信頼する家族などに委ねると決めておくことができる制度には家族信託の他に、「成年後見」制度もあるが、これは裁判所から認められた後見人(家族など)が親の資産を管理する制度で、「財産の保全」を目的としているため、使途を厳しく管理され、制約が大きい。
こうしたケースでは、後見制度では対応できないので、事前に家族信託を契約しておきたい。
※週刊ポスト2019年2月8日号