近年、著名人たちの引退が相次いでいるが、長年、やり続けた仕事を辞めるのには勇気がいることだ。理想の引退とはどんなものだろうか。先日、ある中華料理店店主が引退表明したことを受けて、ネットニュース編集者の中川淳一郎氏が「引き際の美学」について考えた。
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この20年以上通っている東京・麻布十番の中華料理店店主が4月30日をもってして引退することを発表しました。60代の夫婦2人でやっている店なのですが、とにかく居心地が良い。何年も「潰れそうだ」と言い続けてきたのですが、「潰れる潰れる詐欺」なんて言われ方をされつつも、惜しまれて終わることになりました。
この店は1998年、私が会社員だった時代に同じ部署の皆で食べに行ったのが初訪問でした。週刊誌に著名人がおススメの食べ物を紹介する連載があったのですが、ここで「コブクロのニンニク和え」がウマい、と紹介してあって、試しに行ってみたのです。こじんまりとした店で、キャパは15人が限界でしょう。
以後、我々の会社の人がこぞって行くようになり、とにかく味が評判となり、私自身も様々な人を同店に連れていきました。先日も、当時の会社員時代の仲間13人で貸し切りで行ってきたのですが、調理人である大将は先日行った時、同行者にこう語ったそうです。
「オレは、昭和の料理人。もう、昭和の料理人は求められない時代になった。今は、料理人じゃなくて、調理人ばかりだ。自分はもう歳だし、手は痺れるし、店を閉めることにしたよ」
私も大将と話したのですが、「もうオレの料理は古いんだ。実はオヤジがオレのために地元の土地を買っていてくれたので、そこでおいしい野菜でも作って生活していくよ」と言いました。私もいずれはそんな生活をしたいと考えているので、畑を耕すのを手伝いに行こうかな、と思っています。
昨年、芸能界を引退した安室奈美恵さんや、先日「37歳で現役引退する」と表明したダルビッシュ有とはレベルは異なるものの、彼らとこの大将に共通するのは「惜しまれながら辞める」ということにあるのではないでしょうか。事実、4月30日まで、同店はすべての日が貸し切り客で満席のようです。