人間が完全に(数学的に)合理的なら、収入や資産に比例して幸福度も直線的に増えていくはずです(図B)。ところが、わたしたちの脳にプログラムされた進化的合理性(直観)では、一定の金額を超えるまでは、実際に感じる幸福度は理論的な幸福度を上回ります(図A)。その差が徐々に小さくなっていって、一定の収入や資産を超えると幸福度はほとんど上がらなくなる。
この図からわかるのは、収入や資産が増えていくときは、幸福感や安心感が論理的に想定されるよりずっと大きくなることです。限界効用の逓減は、一定の閾値を超えると効用(幸福度)が上がらなくなることですが、それと同時に、その閾値に至るまでは効用が大きく上昇する。だとすれば、この仕組みを利用しない手はありません。
資産形成を目指すことは、ドラッグやギャンブルで一時的に幸福度を上げるような副作用も(ほとんど)ないし、短期的な効用だけでなく、長期的にもよい影響を与えることが多いでしょう。幸福になるための方法は星の数ほどありますが、「お金持ちになること」ほどシンプルかつ効果的な戦略はほかにはありません。
お金が幸福と結びつくのは、ミシュランの星付きレストランで食事をしたり、ブランド物を身にまとったり、豪邸に住んでスーパーカーを乗りまわせるから(だけ)ではありません。ある程度の金融資本があれば、「お金が足りない」という状況で困難な選択をしなくてもよくなります。
リンゴとミカンがいずれも100円で、財布に100円玉が1個しかないとしましょう。このとき、100円という資源制約があることで、「リンゴとミカンを両方食べたい」という欲望を満たすことができません。これがトレードオフですが、こうした選択は脳に大きなエネルギーを消費させ、そのぶんだけ幸福度が下がります。逆にいえば、選択をする必要が少なければ少ないほど、人生はよりゆたかになります。
もしここで財布に200円あれば、資源制約は解消し、リンゴとミカンを両方買えるでしょう。ここから、選択という厄介な行為を減らすもっともシンプルな戦略は、お金持ちになることだとわかります。