日本社会の有り様を映し出す事件が相次いでいる。4月、87才の元高級官僚が東京・池袋で車を暴走させ、母子をひき殺したにもかかわらず逮捕されない事件が起きた。これをきっかけに、一気に広まったのが「上級国民」という言葉だ。『上級国民/下級国民』(小学館新書)の著者で作家の橘玲さんが言う。
「そもそも上級国民という言葉は2015年に起きた東京五輪のエンブレムデザインの盗用騒動の際、大物グラフィックデザイナーが『一般国民にはわかりにくい』という上から目線の発言をして炎上したことで、ネットスラングとして生まれました。それが池袋の事故で、“日本社会は上級国民によって支配され、自分たち下級国民は一方的に搾取されている”といった怨嗟の声となり、再び爆発したのです」
7月、軽犯罪を繰り返し、生活保護を受けていたこともある無職男性(41才)が、京都アニメーションに放火して35人の命を奪った。就職氷河期まっただ中で社会に出て、定職につかずに暮らしてきた「下級国民」の男性が破れかぶれで起こしたテロリズム──ネット上ではそうした声が少なくない。
かつて昭和の時代、日本は「一億総中流社会」と呼ばれていた。平成の長期不況を経て、そんな牧歌的な社会は崩壊したようだ。橘さんが話す。
「日本だけではなく、欧米先進国を中心に、主流(マジョリティー)だった人々が、中流の生活から次々に脱落しています。その結果、“一部の上級国民と大多数の下級国民”という社会の分断が進みました。アメリカで、かつての主流だった白人層の不満を集めてトランプ大統領が誕生したのは、その象徴的な出来事です。たしかに昔から社会には富める者も貧しい者もいました。ただ、努力すれば上流階級に成り上がれるという希望があった。
しかし、社会が分断された今、個人の努力ではどうにもならない冷酷な状況が生まれ、絶望が広がっています。いったん下級国民に転落すれば、下級として老い、死んでいくしかない。その不幸は本人ばかりか、子供、子孫にまで連綿と続く。幸せを手に入れられるのは上級だけ。そんな不都合な真実に、みんな薄々気づき始めています」