普段、何気なく食べているものがある日突然、手に入らなくなる。そんな恐ろしい現実が迫るなか、私たちの食卓を救う「最後の砦」となるのがほかならぬ家庭菜園なのだ。
「旧ソ連では、国策により『ダーチャ』と呼ばれる家庭菜園付きのセカンドハウスを市民が持ち、ある程度の食料を自分たちで作っていました。それがあったから、ソ連崩壊時に食料の供給がストップしたにもかかわらず、旧ソ連の人々は餓死を免れたとされます。日本でも各家庭で自分たちが食べられる分の食料を作っておく仕組みがあれば、食料危機が本格化した際に大切な命を守ることができます」(鈴木さん)
来るべき日に向け、すでに危機に備えて畑を作る人たちが現れている。山梨県と埼玉県の2拠点で農業を行い、家庭菜園の指導者も務める「えがおファーム」農園長の清岡賢さんが語る。
「コロナで将来の危機を感じたことに加えて、食品表示法の改正で自分や家族が食べるものの中身が不明瞭になったことなど、食をとりまく状況への不安から、『自分で食べるものは自分で作りたい』という人が増えています。
実際、ひと昔前まではDIYや土いじりが好きな人からの問い合わせがほとんどでしたが、いまは独身で会社と家を往復する日々を送る会社員や、年商何十億円の会社の社長といった農業とはまったく違う世界で生きてきたであろう人たちからも家庭菜園についての問い合わせが多く届いており、実際に始める人も少なくありません」
小麦の栽培を始めた母親の思い
食への関心が高まるなか、「子供に安全なものを食べさせたい」との一心で、未経験から小麦の栽培を始めた母親たちもいる。
「えっ、給食って安全なんちゃうん!?」
2019年7月、思わずそうつぶやいたのは、和歌山県に住む多田寿江さん。輸入小麦で作られた学校給食のパンから、発がん性の恐れがある農薬成分が検出されたという話を聞いたからだ。
「小学生の子供がいるから給食が安全ではないことがショックだったし、何よりすごく心配になった。なんとか危険な食品を避けたい一心で、ほかのお母さんたちと3人で『国産小麦にしてほしい』『パンをやめて全部ご飯に』と要望を出したけれどなかなかいい返事が得られず、『和歌山でも小麦を作ったらいいんちゃうん?』と軽い気持ちで発言したら『それ、いいね』となったんです」(多田さん・以下同)
和歌山県では小麦がほとんど生産されていないため、給食パンに使われる小麦は100%輸入品だった。多田さんは要望に行った母親たちや賛同者で「給食スマイルプロジェクト~県産小麦そだて隊!~」を立ち上げて、有機農法の小麦作りにゼロから取り組み始めた。