その梅雪が寝返ったのであれば、産出した金から得られる収益が勝頼のもとに届けられることはありえない。梅雪は河内と地続きの駿河国江尻城代も務めていたから、梅雪の寝返りは織田・徳川軍の甲斐国内への進撃を容易にしただけでなく、武田氏の財政基盤を根本から覆すことにもなった。
勝頼は譜代家老の小山田信茂がいる岩殿城に落ち延びようとするが、信茂の寝返りにより果たせず、ついには進退に窮し、嫡男の信勝や正室らとともに天目山(現・甲州市)で最期を遂げた。
武田氏の滅亡は、梅雪が寝返った時点で不可避となっていた。「腹が減っては戦ができぬ」とはよく言ったもので、勝頼は経済の軽視と父へのコンプレックスで死期を早め、自ら墓穴を掘ったとも言えるかもしれない。
【プロフィール】
島崎晋(しまざき・すすむ)/1963年、東京生まれ。歴史作家。立教大学文学部史学科卒。旅行代理店勤務、歴史雑誌の編集を経て現在は作家として活動している。『ざんねんな日本史』、『いっきにわかる! 世界史のミカタ』など著書多数。近刊に『featuring満州アヘンスクワッド 昔々アヘンでできたクレイジィな国がありました』(共著)、『イッキにわかる!国際情勢 もし世界が193人の学校だったら』などがある。