動き出した“農政の憲法”改正論議
食料危機については、政府も危機感を募らせている。ロシアのウクライナ侵略が多くの食料を輸入に依存する日本の脆弱性を浮き彫りにしたこともあるが、そうした短期的要素だけでなく、もう少し将来的な危機をも想定している。食料が各国に行き渡らない状況が以前から拡大してきているためだ。
国連の世界食糧計画(WFP)によれば、世界で飢餓に苦しんでいる人は最大8億2800万人にのぼる。背景には、世界人口の爆発的増加や開発途上国の経済発展に伴う消費量の拡大といった長期にわたる構造的な要因が横たわる。消費量の増加に生産力が追い付かないのだ。開発途上国の急速な経済発展は、地球温暖化を推し進める要因にもなっており、各地で不作が拡大していくと見られている。今後、食料がリーズナブルな価格で手に入らなくなる可能性は小さくない。
こうした状況に日本政府もようやく動き出した。6月2日に開催された食料安定供給・農林水産業基盤強化本部の会合において、岸田文雄首相は「農政の転換を進めていく」と宣言したのだ。
政府は来年の通常国会に“農政の憲法”とも言われる「食料・農業・農村基本法」の改正案の提出を予定しており、食料安全保障の体制強化を図り、食料危機への備えを万全にしようというのである。会合では、法改正に向けた対策案である「食料・農業・農村政策の新たな展開方向」も決定した。
日本政府がとりわけ、危機感を募らせているのがコメや小麦などの穀物の確保だ。ウクライナ侵略の余波で小麦価格は過去最高を記録し、さらにはトウモロコシや大豆といった、日本が輸入に大きく依存する農産品が軒並み高騰したためだ。世界規模での本格的な食料不足となれば、日本も十分な量を確保できる保証はないとの焦りである。
政府案で決定的に欠落しているポイント
だが、食料・農業・農村基本法の改正に向けて政府が示した政策の柱をみると、「農政の転換」というにはあまりにインパクトを欠く。
政府の示した柱は、【1】食料輸入が困難になる不測時に政府一体で対策を講じる体制・制度の構築、【2】主食用米からの転換や肥料の国産化、【3】食品アクセス問題への対応、【4】適正な価格転嫁を進めるための仕組みの創設──などだ。
もちろん、見るべき政策がないわけではない。たとえば、不測の事態となった際の生産者への増産要請を、法令による強制力を持った指示として出せるようにすることは前進である。また、肥料を輸入依存から国産資源の利用拡大に切り替えていくことも急がれる。
だが、決定的に欠落しているのは、「農業従事者の先細り」という日本農業の最大のウイークポイントに対する危機感である。その道筋が見えてこないのだ。担い手の激減という難題を解決することなしに、日本の食料安全保障の強化は成り立ち得ない。