助成金をバラ撒くのと並行して「適用拡大」を進める
そうした前提を踏まえ、北村氏は今回の政府の助成金創設の動きについてこう話す。
「106万円の壁があることで労働時間を抑制する人が出てきたわけですが、政府としてそうした働き控えを防ぐ対策を講じたいという考えがあるとされています。国が助成金を出すことで、パートタイマーが年収の壁を気にせず働けるというのは“いい話”だと思いますが、いくつかの問題が懸念されます。
まず、1人あたり最大50万円の助成金というのは会社に入るわけです。それがきちんとパートタイマーに支給されるかという問題がある。この点はきちんとした監視が必要になりますが、どこまで可能なのか。
また、あくまで助成金で、既存のキャリアアップ助成金を拡充したかたちのものとなると、1回限りの支給となると考えられます。パートタイマーが基準を満たして社会保険の適用になった年の1回限りの助成金となると、1年目は社会保険料がかかるようになったぶんが補填されますが、継続性がないため翌年からは年収106万円に届かない範囲で働くかたちに戻すということになりかねない。そう考えると、あまり実効性がないのではないかと懸念しています」
加えて気になるのが、政府が進める「厚生年金の適用拡大」の流れだという。会社から給料を受け取る人が厚生年金に加入する必要があるかどうかは、週の所定労働時間、月の所定内賃金、企業規模などによって決まる。その要件が、どんどん厳しくなっているのだ。来年10月からは「106万円の壁」が出現する対象企業が従業員101人以上から51人以上へと拡大される。北村氏はこう言う。
「厚生年金の適用基準が拡大されるのと同時期に助成金をバラ撒き、壁を突破して働く人(社会保険の適用対象となる人)を一気に増やそうという政府の意図が透けて見えます。折しも、2024年は5年に一度の年金財政検証があり、それに基づく制度改正が待っています。次の改正でもさらに厚生年金の適用拡大が進められると考えられます。
社会保障審議会年金部会の資料を見ると、複数のシミュレーションがなされており、“こうして要件を拡大するとこれだけ適用対象が増える”という試算が示されています。たとえば、51人以上という企業規模の要件を撤廃すると厚生年金の適用対象は125万人増え、企業規模に加えて月8.8万円以上という賃金要件を廃して週20時間以上の短時間労働者全体に適用拡大すると被保険者は325万人に増える。さらに、所定労働時間にかかわらず一定の収入以上(月給5.8万円以上)の全雇用者に厚生年金を適用すると対象者は1050万人も拡大されると示されています」
助成金という“アメ”でパートタイマーが労働時間を増やすように仕向けたうえで、時限的な助成金がなくなってからもその人たちが厚生年金保険料を払い続けるように適用拡大を進めるというシナリオが考えられるわけだ。
「もちろん来年に年金財政検証があって、すぐに制度改正を実施はできないので2~3年後ということになるが、助成金で間をつないで、その後は月給5.8万円以上の人はすべて厚生年金と健康保険の適用になるという道筋ではないか。そうなると、月5.8万円×12か月=年69.6万円ですから、社会保険への加入を義務づけられて手取りが減ってしまう『年収70万円の壁』が新たに出現することになるのです」(北村氏)