ツーブロックにサラサラの髪をなびかせ、甲子園を盛り上げた慶応義塾高校。慶応関係者の“大きすぎる応援”には賛否両論あったが、全国の強豪校に勝てた裏には、OB組織の強力なマネーパワーがあったこともたしかなようだ。ノンフィクションライターの柳川悠二氏が迫る。(文中敬称略)
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この夏、連覇に挑んだ仙台育英(宮城)を決勝で破った(8対2)のが慶応義塾(神奈川)だ。同校の日本一は、第2回大会以来、107年ぶり。監督の森林貴彦(50)は大会期間中、「アルプス席で塾歌(校歌)をOBの方々に唄ってもらうことが日頃の恩返しになる」と話していた。
決勝のスタンドは慶応一色に染まり、初回の丸田湊斗の先頭打者本塁打から9回裏の守りまで、応援歌「若き血」が大音量で甲子園に木霊した。森林はこう話す。
「我々が志してきたエンジョイ・ベースボールは、単に野球を楽しむのではなく、より高い舞台で戦うために野球を追求していくということ。昨年王者の仙台育英さんを相手に最高の舞台で自分たちの野球を形にできた」
大会期間中、丸刈りの球児がひとりもいないことで大きな話題となったが、ほかにも慶応には高校野球界では異端に映る点がいくつもある。たとえば強豪校にありがちな上下関係はなく、監督のことも「森林さん」と呼ぶ。マネージャーで、甲子園で記録員を務めた大鳥遥貴(3年)が言う。
「先輩と敬語で話すことはしますけど、先輩が後輩をパシリみたいに使うことはない。同級生で(清原)勝児が去年留年しましたけど、後輩の2年生は『勝児君』とか『勝児さん』と呼んでいます」
森林の思考や慶応の取り組みが賞賛され、丸田が「美白プリンス」などと呼ばれて甲子園のスターとなった一方、慶応のOBも多く勤務する大手メディアの過熱した報道には“慶応びいき”という批判も起きた。
決勝当日のワイドショーでは仙台育英に比べて圧倒的に長い慶応のVTRを流したことに苦言を呈すコメンテーターが現われ、決勝後には大音量の声援を“やりすぎ”とする声が「X(旧ツイッター)」に溢れた。
大勢が決まった5回表の場面で、仙台育英の中堅手と左翼手が交錯して落球。このミスが慶応応援団のマナーにもとる大爆音の声援によって生まれたのではないかという点も議論の的となった。
もちろん、慶応の選手たちは全力でプレーして優勝旗を手にしたわけだが、OBの母校愛を目の当たりにして、少なからぬアンチも生まれるという特異な大会となった。ただ、この母校愛による強力なマネーパワーが快進撃を支えたという点も見逃せない。