慶応でプロ野球選手の夢を口にするのは勝児ぐらいだ。主将の大村昊澄は、その理由をこう話す。
「塾高に入学してくる選手はプロ野球よりも大学野球に魅力を感じていることが多い。プロ野球は疲労のことを考えて、全力疾走をしないことだってあるじゃないですか。社会人や大学では、企業や大学を背負って戦って、1試合1試合が本気の戦い。そういう野球がやりたくて慶応を選んでくると思います。自分の夢ですか……。大学を経由して、社会人で野球をやりたいと思っています」
朝日新聞は8月2日、全国の硬式野球部の監督や部長らに対して実施した独自アンケートの結果を公表した。
「野球用具をそろえることが、部員を集めるハードルの一つになっていると感じるか、感じないか」
という質問に対し、63.9%の指導者が「感じる」と答えたという。また、来年3月からは低反発バットが使用されることになり、全国の球児が新仕様バットを購入することとなる。そのバットは現行基準のバットよりおよそ1万円近く高額になるといわれる。今後は経済的に余裕がある家庭に生まれた子供以外は野球を続けにくくなり、野球の上達にも経済力がモノを言う時代が訪れるかもしれない。森林は言った。
「バットに加えてスパイク、グラブ、ユニフォームを購入するとなると経済的負担は大きく、野球を断念するご家庭があることは理解しています。これも野球離れの一因であり、野球界の弱みの一つであることは自覚しています。メーカーさんにも協力をいただきながら、私たちに何ができるのか考えていきたい」
簡単に答えが出る問いではないだろう。恵まれた環境で手厚いバックアップを受ける慶応が日本一となったのは、新時代を迎えようとしている高校野球を象徴する出来事のような気がしてならない。
【プロフィール】
柳川悠二(やながわ・ゆうじ)/ノンフィクションライター。1976年、宮崎県生まれ。法政大学在学中からスポーツ取材を開始し、主にスポーツ総合誌、週刊誌に寄稿。2016年に『永遠のPL学園』で第23回小学館ノンフィクション大賞を受賞。近著に『甲子園と令和の怪物』(小学館新書)
※週刊ポスト2023年9月8日号