夫は年収が1000万円超えの職業で、共働きならば23区に住めるが、埼玉に住んで、妻は専業主婦として子どもの受験に集中するわけだ。
「学歴へのこだわりが全然違うんですよ。うちの夫も『長女ちゃんもエンジニアになるなら豊島岡みたいな理系に強い学校がいいだろう』という考えで、あくまでも将来のキャリアを積むツールとして、学歴は必要だと考えているんです。だけど、あのママたちは学歴自体に価値があると考えています。学歴が自分たちのアイデンティティだからなのかなって。悪い人たちじゃないけれど、ちょっと怖いですよ。だって、こっちは子どもの受験は“手段”だと思っているのに、向こうは“自己実現”になっているみたいなんです」
エリート塾はテキストの内容が難しく、娘一人で解くことができないので、親が横でみてやる必要もある。夫は都心まで通勤をしているからなかなか塾通いのフォローをする余裕はなく、B子さんの負担は大きくなる一方だ。
「日能研に戻ってほしいと思っていますが、本人は今の塾で気の合う友達が何人かできているから変えたくないと言い出していて」
そういって、B子さんは大きくため息をついた──。
かつて、首都圏の中学受験は、高学歴の専業主婦のものだった。ゆえに首都圏の塾は面倒見がいいとはいえないところが多かった。なぜなら、ママたちは子どもを御三家に入れるためならどんな犠牲をも厭わなかったからだ。しかし、今、東京で中学受験に参戦するのは共働き家庭で、ママたちも子どもの受験に専念はできない。
しかし、昔ながらの「ガチお受験ママ」が埼玉には存在するようだ。彼女たちが醸し出す「なにがなんでも子どもは御三家に入れる」という信念に、B子さんは怯えながら塾のお迎えに通っているという。「地元の公立中学に進んで、高校受験をしてくれたら助かるな」という希望はもろくも崩れたのである。
(全6回、了。第1回から読む)
【プロフィール】
杉浦由美子(すぎうら・ゆみこ)/ノンフィクションライター。2005年から取材と執筆活動を開始。『女子校力』(PHP新書)がロングセラーに。『中学受験 やってはいけない塾選び』(青春出版社)も話題に。『中学受験ナビ』(マイナビ)では小説『ボリュゾっていうな!~ギャルママが挑む“知識ゼロ”からの中学受験ノベル~』を連載。