YouTubeで若手芸人が台頭するという新たなパターン
Everybodyという男女コンビはTikTokで配信したリズムに乗ったネタでブレイクした。「クリティカルヒット」という一発セリフは多くの人たちが記憶にあるはずだ。
そして、今、注目されるのは「板橋ハウス」というYouTubeチャンネルだ。紹介文には「東京の片隅でルームシェアをする男三人 ゆるやかな日常を覗いてみましょう」とあり、当初は視聴者もルームシェアしている3人の男子の動画として見ていた。登録者数は60万人以上だ。
実はこの3人はそれぞれ違うコンビで活動をしている吉本興業の若手芸人だ。彼らも最初は作り込んだ動画を配信していたが、ある日、普段自分たちがやっている遊びの様子をアップすると、再生数が伸びた。「ダサく部屋から出る選手権」「死亡フラグを立ててくる」などのテーマで大喜利的に、即興演技をする様子の動画が人気を博している。
まず、自分たちが芸人と名乗らなかったところに戦略がある。芸人のYouTubeとなれば視聴者は「フィクション」としてとらえるのでリアリティが減ってしまう。視聴者が見たいのは、男子たちが仲よさげにしている自然体の姿なのだ。
学生お笑い出身でM-1で準決勝までいったナイチンゲールダンスがYouTubeで、「僕らはUUUMに“タイトルやサムネイルはこうしたほうがいい”と教えてもらって頑張っているけれど、たまに板橋ハウスをみると“なんだこの手抜きは”っていう感じで、それでも再生数はすごい」という旨を語っていた。
実際には手抜きではなく、あえてゆるいタイトルやサムネイルにしたほうが視聴者は興味を持つと考えて工夫しているのだろう。
「YouTubeの視聴者が何を求めているか」を読む共感力
若手芸人がYouTubeで成功することはしばしばあるが、そうすると、芸人としてよりもYouTubeの活動がメインになることが多い。コンビのうち片方がYouTubeで売れっ子になると、コンビが解散することもある。
しかし、この「板橋ハウス」のメンバーは芸人として「ネタ」に力を入れ、劇場や賞レースで結果を出すことを目指している。YouTubeが軌道に乗り始めた時に、メンバーの一人で「軟水」というコンビのメンバー・つるまるが「YouTubeで稼げるようになったら、月にいくらかを相方に渡す。それでバイトを減らして、ネタを作ってもらい、毎月単独ライブをやりたい」と話していた。実際にそれを行い、軟水はM-1やキングオブコントで準々決勝まで進んでいる。他のコンビもM-1で三回戦まで進出し、芸人としてちゃんとキャリアを積みたいという意思が強いように見える。
彼らはYouTubeで人気を博したことで、劇場で客が呼べる芸人になっている。YouTubeの視聴者は全国にいるので、地方の劇場にも呼ばれている。そうやって、YouTubeで成功することを芸人としてのキャリアアップにつなげている。
賞レースの予選はお笑いファンの観客の前でネタを披露し、審査員の放送作家やテレビ局の関係者たちに評価される必要がある。そこでは論理的な思考力を持つ芸人が有利になる。過去の結果を勉強し、分析して対策をする必要があるからだ。
一方で、YouTubeは再生数がすべてであり、視聴者が求めるものを読み解いて想像し、それを提供していくことができるか否かが重要だ。そこで必要なのは、論理的な思考力ではなく、視聴者のわずかな反応に共感をし、「視聴者はなにを求めるか」を掴んでいくことだ。
「板橋ハウス」のメンバーは定時制高校卒だったり、高校中退だったりと学歴が高いわけではない。YouTubeのような新しいメディアでのクリエイティブな作業で求められるのは、論理的な思考力とはまた違ったものになる。