豊田英二氏の注文は「トヨタを褒めるな」
とはいえ、トヨタの業績は絶好調だ。2023年のグループ世界新車販売は1123万台で4年連続世界一となり、トヨタ単体でも1000万台の大台を初めて突破した。今年3月期決算は営業収益43.5兆円、営業利益4兆9000億円といずれも過去最高を見込み、純利益も同社初の4兆円台を照準に入れている。
だが、絶頂期にある会社のトップは、往々にして慢心から顧客が見えなくなる。そういう時、経営陣に顧客目線で「NO」と言える存在がいないとどうなるか?
その結果はトヨタの広告・広報にも見てとれる。トヨタは2019年からオウンドメディア「トヨタイムズ」をスタートさせた。そこで紹介されるのは豊田会長の言葉や「これまで豊田会長と最も時間を過ごしたのはテストコースでした」などと語る佐藤社長のインタビューばかりで、顧客に個々の製品の魅力を伝える広告はない。要は“絶対君主”である豊田会長の「想いを共有する」ためのメディアでしかないのである。
私は8年前に『TOYOTA MANAGEMENT』という月刊誌の取材を受けたことがある。その中で「時代は自動運転に向かっているのだから、トヨタが企業スローガンにしている『Fun to drive』はもうやめたらどうか」と直言した。しかし、掲載された記事では「Fun to driveという基本的なコンセプトを生まれ変わらせないといけない」という婉曲的な表現に直されていた。これはレーシングドライバーでもある豊田会長(当時は社長)に忖度した結果にほかならないだろう。
ここで私が思い出すのは「トヨタ中興の祖」と呼ばれる豊田英二氏(第5代社長)の言葉である。全世界のトヨタの課長以上を集めたイベントの講師に呼ばれた際、控室に現われた英二氏が「社員は日本一の会社になったと浮かれているが、まだまだトヨタは不完全だから絶対に褒めないでくれ。悪口だけを言ってくれ」と注文をつけたのだ。英二氏はトップでありながら自社を否定する天邪鬼な視点も持っていたのである。
翻って、今のトヨタグループは社員がトップ(豊田会長)の顔色しか見ない“ヒラメの集団”になっているのではないか。それゆえ昨年、豊田氏が社長を退いたら、タガが外れたかのようにグループ各社の不正が明るみに出たのではないか。もしそうであれば、子会社の経営陣を代えたところで問題は何も解決しない。
豊田会長はもうひとつの再発防止策として、グループ各社にクルマの「味つけ」を最終決定するマスタードライバーを作ることを要請し、自身も「会長よりマスタードライバーとして商品や現場力という形でグリップをかけていきたい」と述べた。しかし、マスタードライバーに顧客の立場に立ったQAはできない。豊田会長を超える権限を持った“聖域”のQA担当者を置かない限り、トヨタグループの不正や不祥事は、いずれ再発するだろう。
【プロフィール】
大前研一(おおまえ・けんいち)/1943年生まれ。マッキンゼー・アンド・カンパニー日本支社長、本社ディレクター等を経て、1994年退社。ビジネス・ブレークスルー(BBT)を創業し、現在、ビジネス・ブレークスルー大学学長などを務める。最新刊『日本の論点2024~2025』(プレジデント社)など著書多数。
※週刊ポスト2024年3月22日号