在日米軍海兵隊普天間飛行場の名護市辺野古への移設計画をめぐり、国は昨年末、地方自治体に代わり事務を処理する「代執行」に史上初めて踏み切った。その結果、沖縄県が埋め立てを認めていない大浦湾側の地盤区域で工事が進んでいる。
長引く沖縄の米軍基地問題について、解決の糸口をどう模索すればよいか。経営コンサルタントの大前研一氏が、沖縄の基地問題の経緯を踏まえたうえで、解決策を提言する。
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根本的な話をすれば、日本は沖縄の米軍基地についてアメリカに「NO」と言うことはできない。そもそも1972年の沖縄返還の条件が「民政は返すが、軍政は返さない」というものだったからだ。そういう密約が、返還当時の佐藤栄作首相とニクソン大統領の間で交わされていたのに、それを佐藤首相は国民に隠していたのである。
この密約についてはすでに拙著や連載で何度も書いているが、在日米軍の扱いを定めた「日米地位協定」をもとに、いくら外務省が「米軍の施設・区域は、日本と極東の平和と安全の維持に寄与するとの目的達成のため、日本政府が米国に対してその使用を許しているもの」(外務省ホームページ内「日米地位協定Q&A」より)と説明したところで、今も沖縄では米軍の「軍政」が続いていることに変わりはないのだ。
沖縄返還については、ほかにも密約があった。佐藤内閣は地権者に対する土地原状回復費400万ドルをアメリカ政府が支払うと発表していたが、実際は日本政府が肩代わりしてアメリカ政府に支払うという密約を交わしていたのである。
この外交交渉を取材していた毎日新聞社の西山太吉記者が外務省の女性事務官から秘密電文を入手して暴露し、佐藤内閣の責任が問われる事態となった。いわゆる「西山事件」である。政府は密約を否定し、西山記者と女性事務官は逮捕されたが、その後、アメリカで密約の存在を裏付ける公文書が見つかっている。